食券
川崎ゆきお
副島は牛丼屋で牛丼を食べている。
今日、行く仕事先がいつもと違う。方角も違う。場所が違うのだから道も違う。
仕事前に牛丼を食べるのが副島の朝の日課だ。
本部の指令はいつも北の町だ。しかし今日は南の町だ。
いつもと指令が違う。何かあったのだろうか。
滅多に南の町へは行かない。そちらは太田垣の担当地だ。
太田垣に何かあったのだろうか。
副島は休むことがある。そんなときは太田垣が回ってくれる。
副島は紅ショウガが少なくなったので、入れる。
牛丼は好きだが、ややしつこい。それを紅ショウガが緩和してくれる。
唐辛子でもいいが、副島は紅ショウガが好きだ。紅ショウガがなければ牛丼が食べられなくなっている。
メインは牛丼だ。
副島のメインは北の町だ。それを取り上げられるのではないかと最近思うようになった。
北の町は南の町より大きい。だから北の町担当のほうが稼げる。そのため、太田垣よりも稼ぎがいい。
だが、それは副島の力ではない。偶然客の多い北の町担当になっただけのことだ。
副島は楽させてもらっているように思っていた。
だが、本部の意向で、何とでもなってしまう。
副島は紅ショウガをたんと乗せ、口に牛丼を頬張る。唇が紅をさしたように赤い。
太田垣との地区交換を恐れた。そんな兆しはないのだが、太田垣が本部に何か言っているかもしれない。
副島は残りのご飯粒を箸の先で集め、口に入れる。もう歯ごたえのあるものはない。
余計な心配だろう。考えすぎだ。
と、言い聞かせ、駐車場へ向かう。
食べた後は、車の中で新聞を読むのが日課になっている。少し目を通すだけだ。客との会話で知らないと困ることもあるからだ。
副島がタバコを吸いながら、新聞をめくっていると、窓をノックする男がいる。
牛丼屋の店員だ。
副島は意味が分からない。忘れ物だろうか。
「あのう、お客様。お代金がまだですが」
副島は何のことか分からない。代金は自販機で買ったはずだ。
店員は伝票を見せた。
副島がいつも入る牛丼屋は食券を先に買う店だった。
「あっ」
了
2008年09月28日