キリギリス組
川崎ゆきお
「アリとキリギリスの話は知っておるな」
「えーと」
「知らぬのか?」
「聞いたことはありますが」
「どんな話だ」
「アリとキリギリスの話です」
「だから、どんな話だ」
「キャラの相違のような」
「まあ、そういうことか」
植村は、このイソップ童話を知らなかった。しかし、何となくごまさせた。
「わしはアリではなく、キリギリスでな」
「え、お爺さんは人間でしょ」
「たとえ話じゃ。お伽噺なのでな。わしがキリギリスであろうはずがなかろう。それぐらい常識で考えろ」
「はい、でも、お爺さんは本当にキリギリスかもしれませんよ」
「じゃから、そんなこと、ありえん」
「でも」
「じゃ、わしはキリギリスの化身か。わしがキリギリスで、人間に化けておるというのか」
「前世、キリギリスだったかもしれませんよ」
「そんな話ではない。アリとキリギリスの話じゃ」
植村は、その話を避けたかった。なぜなら知らないからだ。それなのに知っていると言ってしまった以上、とんちんかんなことは言えない。
「秋になると思う。もう寒くなってきておるのに、わしには蓄えがない。夏の間ずっと演奏して暮らしておったからじゃ。これは遊んでおったに近い。アリのようにリアルに食べるための仕事をしておらなんだ。その差が冬に出る。わしには食べるものがないのじゃ。遊んでおったので、致し方ないがな」
「まだ秋ですよ。冬じゃないので、今からでも遅くないでしょ」
「今年の話をやっておるのではない。人生の春秋を語っておるのじゃ。わしはすでに冬の老人じゃ。もう働けるほどの元気はない」
「でもまだ、こうしてバイトに来ているじゃないですか」
「遅すぎたがな。切羽詰まり、働きに出た」
「で、演奏は」
「わしはミュージシャンではない。遊んでおったたとえじゃ」
「じゃ、僕はアリですか」
「そうじゃな。普通に働いておるからのう」
「でも、食べるだけで一杯で、蓄えなんてありませんよ。遊んでいないのにキリギリスと同じですよ」
「正社員になればいいじゃないか。わしはもうなれんが、君なら間に合う」
「いや、拘束時間とか責任とかを考えると、気楽なバイトがいいんです」
「じゃ、君もキリギリスか」
「はい、キリギリス組です」
了
2008年10月2日