熱演跡地
川崎ゆきお
天井の高いオフィスだった。
ここに出るという。
怪現象だ。
残業で遅くなったとき、出るようだ。
正確には聞こえる。
「ここは元々何の建物だったんです?」
怪現象は叫び声や、絶唱や、泣き声と、様々だ。
「大手会社のショールームだったんですがね。まあ、地味なガス器具なんて、あんまり見に来る人もいなくて、それにターミナルから離れているでしょ。ここまで足を運ぶ人は希なんですよ。それで、ショールームを貸したんですよ」
「はあ、長い話になりそうですね」
「簡単ですよ。貸した相手がイベント屋さんでね。劇場に改装したんですよ。まあ、天井は最初から照明用のレールも走ってましたからね」
上杉は上を見上げるが、そんなレールはない。
「むき出しなので、天板を張ってるんですよ。今は見えません」
「じゃ、あの奇声は」
「籠もってるんでしょうね。声が」
「はあ?」
「十年以上、小劇場の興業をやってましたからね。いろんな小劇団が借りてましたよ。まあ、熱演の余韻でしょ」
「幽霊じゃないわけですね」
「物鳴りでしょうね」
「はあ?」
「家鳴りに近いですが」
「家鳴り?」
「音が鳴るんですよ。ぎしぎしとか、振動もも」
「ああ、幽霊屋敷でよくあるやつですね」
「結局、オーナーの会社が劇場を辞めて貸しオフィスに切り替えたんですよ。その方が、管理も楽ですからね」
「それが、ここですか」
「ここです」
「何とかならいですかね。夜なんか一人の時、生々しい声が聞こえるんですよ。日頃出すことのないような声ですよ。何言ってるか、聞き取れないですがね」
「熱演の余韻ですよ」
「先輩も聞きましたか」
「僕は音は聞こえないけど、床が振動する体験はありますよ」
「僕はありません」
「役者がどたばた暴れてるんですよ。まあ、熱演でしょうがね。体を張った演技なんでしょうね」
「それでいいんですか?」
「だって、証拠がないでしょ」
「出るって、言わなくてもいいんですか。オーナーに」
「幽霊じゃないからねえ。まあ、聞き流せばいいんですよ。たいした意味はないんだから」
「そうですね」了
2008年10月7日