小説 川崎サイト

 

立ち婆

川崎ゆきお



 児童の登下校のおり、立っている立ち番がいる。その時間帯ならいいのだが、深夜に立っているとなると妖しい。
「忘れたんじゃないですかねえ」
 喫茶店のモーニングサービスを食べながら岸和田が言う。
「立ち番じゃないでしょ。それは」
「いや、昼間も見ましたよ。同じお婆さんです」
「それで忘れたと?」
「そうです。もう下校時間が終わったのに、それを忘れて、まだ立っているんですよ」
「気づくはずでしょ。それなら」
「気づいていれば、立ち去るでしょ」
「じゃ、別の理由があるんじゃないですか。岸壁の母とか」
「何ですかそれ」
「引き揚げ船を待ってる母親ですよ」
「ああ、戦場に出た息子をね」
「そうそう」
「しかし、この場合、見張りでしょ。立ち番だから、別に待ってるわけじゃない」
「じゃ、何でしょ」
「徘徊しない徘徊ですよ」
「はあ」
「徘徊はうろうろするでしょ。この場合、立ち止まったまま」
「なるほど」
「しかしですよ。そんな長時間お婆さんが立っ放しは不自然です。疲れるでしょ。腹も空くだろうし、トイレにも行きたい」
「そのときは家に戻るんでしょ。そしてまた立つ」
「君が見たのは夜かね」
「はい、深夜の三時です」
「今もいるかね」
「行ってみますか」
 二人は喫茶店を出て、学校前へ出た。
 ちょうど朝の登校時間帯だ。
「どの人?」
「あそこに立ってる小柄なお婆さんですよ」「それが事実なら、二十四時間立ち番勤務じゃないか」
「そうですね。寝る時間がないですね」
「君が見たのは一度だけでしょ」
「はい」
「じゃ、その日だけ、昼夜営業だったのかもしれませんな」
 二人がその老婆に近づくと、それを防御するかのように、仲間の立ち番が身を構えた。
 二人は全員ににらまれ、それ以上近づけない。
「あの婆さんん。人間じゃないよ。それを知らせないと」
「岸和田さん、そんなことしちゃ、余計怪しまれますよ」
 二人は引き返した。
 その夜も、その老婆は立っていた。
 
   了


2008年10月9日

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