小説 川崎サイト

 

社会人の結界

川崎ゆきお



「この先……」
 老いた浮浪者が言う。
「どうした爺さん」
「け、結界が……」
「結界?」
「うむ、結界が張られておる」
 その先は住宅地だった。
「汚い手を使うなあ」
「入れぬつもりじゃ」
「で、結界って、どんな感じなんだ。爺さん」
「透明な壁が出来ておってな、通れないのじゃよ」
「それって、闇の手段だろ」
「そうじゃ、わしら野の者が使う手じゃ」
「爺さんは使えるのかい」
「わしが使える結界は、イノシシよけじゃ」
「熊は?」
「でかいので、効かぬ」
「鹿は?」
「鹿は襲わんから、関係ない。まあ、やはり大きいから駄目かな」
「でも、どうして、住宅地に結界が?」
「通さぬつもりじゃろ」
「不審者除けか」
「わしら野の者の中でも結界を張れる連中は僅か」
「忍術みたいなもんだな」
「そうじゃ」
「じゃ、誰が張ってるんだ」
「この先の住宅地に住む社会人じゃ」
「えっ、社会人が、そんな汚い手を」
「わしら野の者より汚いからこそ社会人をやっておるのよ」
「そんなものか」
「闇の手は、社会人のほうが上手じゃ」
「立て札でもすればいいのになあ。それなら、通らないけど」
「そうじゃ、わしらにも礼儀がある。入るなと言われれば入りはせぬ。それを、強引に結果を張って……これは、悪意を感じる」
「戻ろう爺さん。この先の住宅地に入ってもろくなことはなさそうだ」
「そうじゃな」
「でも、一般社会人がどうして結界など張れるんだろう」
「闇の者が入り込んでおるのよ」
「俺らの仲間か」
「ああ、巧く入り込んでおる」
「そいつが、結界を」
「そうじゃ」
「そいつは社会人になりきってるのか?」
「おそらくな」
「そんな術者、中にいて、危ないじゃないかな」
「ああ、怖い怖い。だから、社会人町は怖い」
「別の道を行くか。爺さん」
「危うきに近づかず。そうしよう」
 二人の浮浪者は引き返した。

   了


2008年10月18日

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