小説 川崎サイト

 

雨に濡れる

川崎ゆきお



 冷たい雨が降っている。冬近い雨だ。
 村田は傘も差さずに歩道を行く。この程度なら濡れても大したことはないと思っている。
 家から喫茶店までの距離は五分とかからない。
 喫茶店に入った村田は、いつもの席に着く。友人の高村が先に来ている。
「傘なし?」
「ああ」
 高村は窓から見ていたようだ。村田が傘を差さないでやってきたのを。
「でも、濡れるでしょ。この程度の雨でも」
「ああ、濡れる」
「傘、あるんでしょ」
「ああ、ある」
「どうして?」
「何が?」
「差さないの」
「ああ、傘か」
「そうだ」
 村田はぐっと袖を突き出す。
「え、何?」
「弾いてるだろ」
「本当だ」
「防水性、あるんだ。このジャンパー」
「でも、ズボンは」
「濡れてる」
「じゃ、傘、必要なんじゃない」
「上着より、濡れは低いんだ」
 村田は帽子を取る
「それも防水か?」
「これは、密度の濃い綿だけど濡れるよ」
「じゃ、やはり傘が」
「だから、この程度なら、大丈夫なんだ」
「それは、いつ決めたの」
「会議して決めたわけじゃないよ」
「当然だけど」
「でしょ」
「じゃ、どんなタイミングで、決めたの?」
「決まったのかな、いつの間にか」
「ほう」
「経験だよ。傘なしで、歩いたことあるだろ」
「あるよ。忘れたとかで」
「雨の強さと時間で分かる。この程度なら、大丈夫だって」
「僕は傘を差してきたので、全く濡れていないよ。ズボンの裾と靴が少ししめってるけどね」
「ほら、傘を差していても、少しは濡れるだろ」
「大して濡れないさ」
「それだよ。だから、その程度なら、大丈夫なんだ」
「雨が降っているの、分かってりゃ、差して出るのが普通と思うけど」
「五分だし、小雨だし、それに傘持つの面倒だし。それで、決まる」
「まあ、いいけど」
「一緒に雨の中出かけるのなら、別だけど」
「そうか、一人なら、適当でいいんな」
「そういうことだ。ただし、濡れにくい衣服を買うことを心がける必要があるけどね」
「そうだね」

   了


2008年10月27日

小説 川崎サイト