小説 川崎サイト

 

結が界の話

川崎ゆきお



 仁王像を左右に見ながら、武田は山門を跨ぐ。
「高いなあ」
 跨がないと山門を通り、境内には入れない。階段の二段分ほどの高さだ。
 武田は足が引きつった。痛みが襲うまで、間がある。
「来る」
 太ももの内側の筋から激痛が来た。
「来た」
 武田の片足はまだ跨いでいない。
「一分だ」
 いつも一分ほどで、この痛みが去る。
 武田はそのまま敷居に尻を付けた。
 痛くて動けないのだ。
 下手に動くと、違う箇所が痛くなる。治す方法は、じっとしていることだ。
 痛みが去るときの気持ちよさがある。それはもうすぐ訪れるはずだ。今はじっとしているほかない。
 年を取ると、この程度のハードルを跨げなくなる。階段二段分なのだが、こちらは垂直だ。階段と違い上る必要はない。少し足を上げればよいことなのだ。
 しかし武田にとり、それは筋を違えるリスクを考慮すべき行為なのだ。
 やがて、痛みが去り始め、気持ちよさが来た。
「来た来た」
 この気持ちよさは、他では得られない。痛みと引き替えのご褒美だ。
 寺の住職がそれを見て、寄ってきた。
「大丈夫ですか」
「あ、はい」
 武田は尻を上げ、後方の足を上げて、見事跨ぎきった。
「結界ですからね」
「はあ?」
「山門を通ると、聖なる場所になります。この聖なる場所に立ち入れないように、仁王様がにらみをきかせています」
「ああ、そうでしたか」
 武田は、ケツかいですかと、聞こえた。
 尻がかゆいですかと、聞こえたのだ。
 武田は何事もなかったかのように、聖なる場所である境内の石畳を歩いた。
 まだ、痛みが残っているが、これは小一時間ほどで、完全に消えることを知っていた。

   了


2008年10月28日

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