小説 川崎サイト

 

見学

川崎ゆきお



「あのおじさん、今日は来ないねえ」
「村岡さんって、言うんだよ」
「そうなんだ」
 村岡は毎日電器屋へ通っていた。大型の電器店だ。
 店員よりも商品知識があるため、店員は寄りつかない。
 ある日、新入社員が接客で近づいた。
「どうです。デジカメどうですか。一台」
「一台?」
「一台いかがですか」
「わしは何台も持っておる。すべてこの店で買った。それ、君は知らないのか」
「ありがとうございます」
「知らないで、声をかけたのだろ」
「恐れ入ります」
「それに、声をかけるようになったのかね。この店は」
「あ、はい」
「見学だ」
「では、もう一台どうですか。これなど、新製品で、今話題になってます」
「どこで」
「お客様の間で」
「それほどなっておらんぞ。これは。それに新製品ではないぞ。もう出て二ヶ月になる。まあ、後継機が出るまでは、新製品じゃがな」
「恐れ入ります」
「画素数だけ上げた新製品なんだ。これをガソ上げと言ってな、義理上げなのじゃ。前機種と同じものだよ、これは。だから、話題になるはずもないし、人気の商品であろうはずはない。特に安くもないしの」
「でも、当店では安くなっておりますが」
「それはのう、このシリーズはこれで終わるからじゃよ。製造中止じゃ。だから、心持ち安い。それだけのことだ」
「あ、はい」
「見学だ、見に来ただけなのでな」
 村岡は店員を無視し、展示デジカメを次々に見て回る。
「あのう、一眼レフデジカメはいかがでしょう」
「何?」
「コンパクトよりよく写りますよ。もしまだお持ちでなければ、一台、いかがですか」
「君は何だ」
「あ、はい」
「見学しておると言ってるだろ。この店は、客に声をかけないはずなんだ。おかしいよ君」
「失礼しました」
 それから、村岡はこの店へ来なくなった。
「村岡さんどうしたんでしょうねえ」
「新しく来た高岡君が追い払ったみたい」
「そうなんだ」
 村岡は、その後、別の店でやっているらしい。
 
   了


2008年10月29日

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