富山は定年後、暇を持て余していた。
都心のターミナル駅で降りても行くところがない。
それは十二分に分かっていたが、長年通い慣れた場所だけに、散歩コースとしては悪くはない。
その日はデパート内を散策した。
特に買うべきものはないが、売り場を見て歩くだけでも楽しい。
富山は事務用品の売り場が好きで、革の手帳とかを見ると欲しくなる。
しかしもう、分単位で書き込むようなスケジュールはない。
催し物売り場で西洋骨董展をやっていた。
コイン売り場では日本の古銭もあるので、洋物だけの市ではないようだ。
骨董品屋の出張販売だろう。よく見かける品々が並んでいる。
富山には骨董趣味はないが、形が気に入り、出せる金額なら買ってもよいと思っている。
適当に回っていくうちに、日本の人形と目が合った。市松人形で、髪の毛が伸びたりしそうな妖気が漂っている。
富山は急いで通り抜けると、陶器人形が並んでいるコーナーに出た。
よく見かけるビーナス像や動物で、どれも小さく、片手で持てる大きさ重さだ。
骨董品と言っても、馴染みのある人形なので富山でも理解出来る。
値札を見ると数万円から数千円までだ。
富山は懐かしいような気がした。別に子供時代海外で過ごしたわけではないが、郷愁を誘うのだ。
花瓶にでもなりそうな猫や、首をかしげた可愛い犬。セミヌードの美女。
どれも何処かで見たような記憶がある。
店番の老人は、ラフなブレザー姿だが、西洋人のように彫りの深い顔立ちだ。また、その辺の靴屋には売っていないような頑丈な靴を履いている。
富山は人魚を手に取った。乳房がエロチックだ。
「それはデンマークのお宅から出たものですよ」
老人が話しかけてきた。
「向こうではよくある品ですからね」
値札を見ると一万三千円となっている。手軽な値段だ。
富山は気に入ったので買い、満足を得た。
後日談になるが、それからしばらく経った頃、富山は観光地を歩いていた。
神社の境内は縁日なのか露店が出ていた。
食べ物屋に混ざってパチンコや昔懐かしいスマートボールもあった。
さらに懐かしい輪投げがある。
地面に赤い布を敷き、その上に標的となるオブジェが並んでいる。
富山はあっと口を開けた。
そこに並んでいる品々は、あのデパートでの陳列品と同じで、あの老人もいたからだ。
そして、あの人魚も並んでいた。
一人の客が、人魚に輪を入れた。
「お見事ー」
と、老人は大きなダミ声を発し、人魚をビニール袋に入れ、客に手渡した。
そして、裏から同じ人魚を取り出し、空いた空間に置いた。
富山は老人と視線が合わないように、すーと輪投げコーナーから抜け出した。
デパートの催し場で感じた懐かしさは、これだったのだ。
富山は一万円以上出して買ったのだが、その値打ちはあった。
なぜなら、子供時代、輪が乳房に引っ掛かり、アウトとなった一品だったから。
了
2006年01月24日
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