小説 川崎サイト

 

うわべ

川崎ゆきお



「寒くなりましたなあ」
「そうですねえ」
「昼間はいいけど、夜がねえ」
「朝夕冷えますねえ」
「昼間はいいんですがね」
「そうですねえ」
「暖かくしないと」
「あのう……」
「えっ」
「いつも天気の話ですねえ」
「ああ、そうですなあ」
「どうしてでしょうねえ」
「それはですなあ。共通の話題だからですよ」
「なるほど」
「誰にでも分かる」
「はい」
「そして、差し障りはない」
「そうですねえ。気候の挨拶で怒る人あまりいませんよね」
「で、しょ」
「でも、他の話もあると思うのですが」
「あなた、私の身の上話、聞きたいですか」
「ああ、それは」
「で、しょ」
「はい。でも、大きな事件とか、話題になっていることとか」
「意見が分かれるところでしょ」
「あ、まあ」
「天気の話が無難なのです。だから、昔から、それだけで、終わるんですよ」
「しかし、今日は、天気とは違う話をやってますよね」
「おお、やってますなあ」
「やろうと思えば出来るんですよね」
「そりゃ、出来ますよ。でないと日常会話が出来ないでしょうが」
「いえ、僕とあなたとの間で」
「話すような間柄じゃないでしょ」
「それは?」
「挨拶程度の関係なのですよ。君とはね」
「でも今日は、よく喋っていますよ。十分会話になってますよ」
「君が聞くからでしょうな」
「でも、少し話せてよかったです」
「どうして、天気の話をするのかの話じゃ、つまらんでしょ」
「いえ、天気以外の会話が出来たので、新鮮です」
「あ、そう」
 この二人は、次に遭遇したとき、お互いに視線をそらし、すれ違った。

   了

 


2008年11月2日

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