小説 川崎サイト

 

野良犬

川崎ゆきお



 山奥で忍者の修行をしている一団がある。趣味が高じて、本物の忍者になろうとしていた。それは至って精神的なことに過ぎないのは、この時代、そういった忍者など活躍できる場所はないからだ。あるとすればアトラクションだろう。
 実はその集団、アトラクションにバイトで出ていた連中なのだ。
 今は忍者ショーのための修行ではなく、ショーなしの忍者の修行となっている。
「やはり、このほうが落ち着くわい」
「闇に生き、闇に死すが忍びの掟。下手に表に出る忍者は、偽者」
「そうですな」
 彼らは四人いる。
「わしらは修験道からの流れを組むと見た。山谷での修行はそれに近きものあり。だからそう見えた」
 そしてその日も山谷を走り抜ける修行を繰り返していた。単に道なき道を走り回っているだけのことに過ぎないが、これをやり出すと、脳から忍者の汁が出てくるのか、狂ったように動けた。
「かー」
 首領がカラスの鳴き声を出す。止まれという合図だ。
「どうした」
「前方に」
「おお」
 忍者たちは別の集団を発見した。
「伏せろ」
 と、首領が手で合図を送る
 全員地に這った。
「怪しいものじゃない」
 前方からの声。
 まだ十代と思われる青年の集団だ。
「攻撃しないでくれ。この近くの者です」
「近く?」
 首領は立ち上がり、若者集団に近づく。
「そうです」
「どこの集団だ」
「子捨て山の……」
「そこのフリースクルーか」
「はい」
「外に出ると叱られるぞ」
「耐えられなくなり、脱出してきました」
 若者たちは全寮制のフリースクールの生徒だった。小学生もいる。
「蟹工船です」
「なんだそれ」
「学校で、缶詰を作っています」
「こんな山奥でそんなこと、やってるのか」
「蟹缶じゃなく、猫餌缶だけど、誰かがこの学校は蟹工船だと」
 忍者たちは意味が分からない。
「逃亡してきました。仲間に入れてください」
「そんなことをやると親が泣くぞ」
「あんな奴隷工場にいるぐらいなら、野犬になった方がましです」
「わしらは野犬か……」
 こうして、忍者集団の数が増えた。

   了


2008年11月11日

小説 川崎サイト