小説 川崎サイト

 

いつものファーストフード店

川崎ゆきお



 木村は閉店前のファーストフード店へ行くのを日課にしていた。零時までやっている喫茶店のようなものだ。
 夜更かしの木村にとり、まだまだ宵の口に近い。
 木村の夕食は一般人の夜食だ。食べたあとはコーヒーを飲み、一服するパターンになっている。
 そして、その夜も木村は駅前に出た。ドーナツ化現象で、駅前は静かだ。
 いつもの歩道を木村は自転車で走る。
 やがて、いつものファーストフード店の明かりが見える。
 その前で自転車を止めようとした時、異変に気付いた。店内がいつもと違うのだ。
 零時前なのに満席なのだ。こんなことは滅多にない。
 いつもは客がいるほうがおかしいほどで、いないのが正常なのだ。
 木村は自転車を止めるのをやめた。座る席がないだから、入っても仕方がない。
 閉店までまだ時間がある。
 木村は店を通り過ぎ、そのまま歩道を走った。この先はほとんど立ち入らない方角だ。
 昔市役所があった場所で、城下町だった頃の本丸近くだ。そのため、坂がある。
 少し走ると駅前から遠ざかるため、明かりが乏しくなる。
 こうして走っていれば、そのうち客が帰り、席が空くはずだ。
 木村は店を遠巻きに一周するコースを辿った。単に左折を繰り返せば、いいことだ。
 前方に明かりが見える。
 車が止まっている。
 よく見ると、たこ焼き屋だ。この軽ワゴン車はよく見かける。
「最近見ないと思っていたら、こんなところでやってるのか」
 木村はワゴン車に近づく。
「やはり、あの親父だ」
 木村はたこ焼き屋と目を合わす。月に一度ぐらいは買っているので、顔を覚えているらしく、たこ焼き屋は軽く目礼する。
 木村は買うつもりはない。ここで買ってしまえば、店に持ち込むことになる。帰ってからでは、もう冷めてしまう。
 そして、店の前に出る道を抜ける。
 木村はそっと店に前に近づく。もしまだ、満席なら、そのままやり過ごすつもりだ。
 一周した甲斐があり、空席が出来ていた。店員がテーブルを片付けている。
 木村は何食わぬ顔で、店に入った。
 いつもの店なのに、何となく新鮮に感じた。
 そして「こういうことは、脳の活性化によいかもしれない」と、呟いた。

   了


2008年11月12日

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