小説 川崎サイト

 

切り札

川崎ゆきお



 吉岡は適当に食べたい時、牛丼屋へ行く。それは、これといって食べたいものがない時で、そうかといって何か食べないと腹が空く。だから仕方なく食べに行く。それが決まって牛丼屋なのだ。
 これは、家から一番近い距離にある食事処のためかもしれない。従って牛丼屋が好きなわけではなさそうだ。
 その証拠に吉岡が牛丼屋で牛丼を食べる比率は低い。これが一番安いので、食べやすいはずだ。また牛丼屋なのだから、牛丼を食べるのが一番ふさわしい。おそらく一番注文が多いため、すんなり注文できるだろう。
 その日、吉岡は牛丼ではなく、五目あんかけ丼を注文した。ここに吉岡の狙いがあった。彼にとり、それは隠し球であり、切り札なのだ。
 この球、この札を使うのは、滅多にない。だからこそ貴重なのだ。
 それを吉岡はずっと隠し持っていた。
 その期間は一ヶ月を超えないといけないらしい。
「そろそろだな」
 注文する前、吉岡はそう呟き、一人盛り上がっていた。
 本来なら仕方なく牛丼を注文するところだが、一ヶ月待ったおかげで、五目あんかけ丼の価値がぐっと上がっているのだ。
 そして、吉岡は、それを使ってしまった。
 出てきた五目あんかけ丼にスプーンを入れる時、見事なまでの五目加減に満足した。いつもは茶色い肉片がグロテスクに散らばっている。今日は丼内の景色が違う。
 久しぶりに見る景色だ。これもたまにだからこそいいのだ。慣れるとうんざりするのが分かっている。だから、たまに投げる球だからこそ値打ちが出る。それを演出しているのは吉岡自身だ。
 バイトの女子店員が中に入っているウズラの卵のように小さく丸い顔に見える。
 いつも決まって一つだけ入っている。これが入っていないと大事件だが、一度たりとも欠けたことはない。
 それは小さなトウモロコシの赤ちゃんも同じだ。
 あんかけのとろみが吉岡の喉を癒す。この粘り具合は、牛丼では出せないのは当然の話だ。
 だが、小さな豚の肉片が入っている。牛丼屋には豚丼もある。それなのに、どうして、こんな小さく切った豚肉なのか分からない。使い回せばよいものを。
 半分ほどスプーンで食べ掘った時、落胆が吉岡を襲った。
 五目にはない六目目が入っていたのだ。
 それは透き通っていた。
 ビニールの切れ端を見た吉岡は、それがレトルトであることの確証を得てしまったのだ。
 うすうす感じてはいたが、証拠を見てしまうと曖昧なものではなくなる。
「これは切れ札だ」

   了


2008年11月17日

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