妖精の森
川崎ゆきお
ある山奥に妖精の森がある。
地図にその地名はない。
そこを妖精の森と呼んでいるのは、限られた人々だ。なぜなら妖精は普通の人には見えないから。
「こんなところで小屋がけは困るんですがね」
「丸太を組んだ自然に近い小屋です。釘は一本も使っておりません」
「ここで寝泊まりしておるのでしょ」
「はい、私は妖精の守人です」
「それはいいんですがね」
「あなたは、妖精を何とかなさろうとされている人ですか。それなら私が……」
「妖精なんていないじゃないか」
「見える人には見えるのです」
「なるほどねえ」
「最近妖精の動きがおかしいのです。凶暴になり、人に襲いかかったり……」
「こんな山奥に人が来るのですか」
「私を襲ってきました」
「いつから」
「私がここで番をし始めた頃からです。妖精は自然の一部です。人に危害など加えるようなことはしないはずなんですよ。それが……」
「それが?」
「何か起こっているのです。妖精の森に」
「妖精よりも、山奥ですからね。野生の動物に襲われたんじゃないですか。熊とか出ますよ。ここ」
「妖精が狂いだしたのは、悪い前兆です。何か起こっているのです。異変が」
「それより、妖精って、何ですか?」
「だから、自然の一部です。自然の息吹です。自然が崩れると、妖精も変化します」
「それで、あなたが見張っているのですかな」
「そうです」
「あなたが見張り小屋に住みだしてから、変化が起こったんじゃないのですかな」
「はあ?」
「だから、あなたは人間でしょ。自然そのものじゃない。そんな巫女さんのような服を着てるし、日用品も持ち込んでいるでしょ」
「自然に近い木綿です。食器も自然に近い……」
「きっとその妖精とやらは、あなたが目障りなんじゃないですか。まあ、いるとすればの話ですがね」
「そ、そんな」
「それより、退去してくださいね」
「どうしてですか。そんなこと言う権利、あなたには……」
「ここは国有林です」
「はあ?」
「僕は役人です」
「はあ」
「あなたがいなくなれば、妖精とやらも、静かになると思いますよ」
「はあ」了
2008年11月18日