小説 川崎サイト

 

オランの町

川崎ゆきお



「オラン、オランへ行かなければ」
「どうしたのお爺ちゃん。オランって何?」
「オランの町だ」
「え、何か用事でも」
「クエストを受けたまま放置していた」
 岩田は長い間、ある場所に行っていた。やっとそこから出てきて、日常に戻ったのだ。
「お爺ちゃん、そんなに急いで行くことはないわ。ゆっくりしたら」
「いや、行かないと、約束が……」
「そんな約束いつしたの?」
「もう、何年も前だ」
 岩田はパソコンの電源を入れた。
「誰も触っていないだろうな」
「健ちゃんが壊したの」
「えっ」
 モニターは真っ黒なままだ。
「オランへ行けないじゃないか」
「パソコンの中に町なの?」
「そうだ」
「じゃ、行く必要はないわよ。何言い出すかと思って驚いたわ」
「ずっと気になっていたんだ。オランの町が」
「それって……」
「ああ、ゲームだ」
 岩田が数年前にやっていた剣と魔法の世界を舞台としたRPGゲームだ。
 パッケージはどうした。
「そんなのあった?」
「電話帳ほどの箱だ」
「知らないわよ。触っていないから。お爺ちゃんが捨てたんじゃない」
「あの中にフロッピーが入っている」
 岩田は整理箱を何個も開け、やっと探し出した。
 パッケージを開けると、フロッピーが出てきた。
「五枚組の大作なんだ。良かった残っていて」
「その中にオランがあるの」
「ああ、最初からやり直さないといけないが」
「でも、パソコン壊れてるわよ」
「健ちゃんのでいい。それにインストールする。そしてすぐにオランへ向かう」
 だが、孫のパソコンにはインストールできなかった」
「お爺ちゃんのパソコン型が古いんだって」
「じゃ、行けないじゃないか」
「中古で売ってるの、探せばいいって健ちゃんが」
 岩田は孫に頼み、ネットで古いパソコンを買ってもらった。
「これでオランへ行ける。もうどんなクエストで行くのかさえ忘れてしまっていたんだ。だがしかし、オランへ行かねばと、それだけを覚えていたんだ」
 だがしかし、五枚目のフロッピーをインストールする時、ファイルが崩れているため、入れることは出来なかった。
 岩田はそのゲームソフトの中古はないかと、孫に探すように命じた。
 その後、岩田がオランへ行けたかどうかは定かでない。

   了

 


2008年11月25日

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