小説 川崎サイト

 

験比べ

川崎ゆきお



 山中で僧侶と山伏が出合った。
 出合えるような場所ではないのだが、意外と遭遇するチャンスがあるのかもしれない。
 それは道なき道で、道でさえない。獣道でもない。
 岩がごろごろしている斜面で、下草がジャングルのように生え茂り、灌木が行き手を遮るような地形だ。
 前へ進もうとすると、いきなり絶壁が壁のように立ちはだかる。大きな岩だ。それを避けるように回り込んだり、強引に登り切ったりするような場所なのだ。だから獣さえ通らない。
 そんな場所を人が通る用事はない。
 高山でも名山でもなく、山の名などないような山地なのだ。
 そんな場所に敢えて行くような人間がいるとすれば、修験者の類かもしれない。
 僧侶と山伏はそこでぶつかった。お互い熊と衝突したのではないかと思い、逃げた。
 そして、互いに振り返り、人であることを知り、声をかけあった。
 身なりで、僧侶と山伏であることが分かる。
「同じことを考えていたようじゃな」
「熊か」
「いや、場所じゃ」
「ああ、ここか」
「行場だな。ここは」
「それを言い出すと、至る所にある。こんな場は」
「それを考えると、奇遇じゃ」
「ほほう、奇遇とは」
「これ、巡り合わせなり」
「そうとしか考えられんなあ」
「で、あろう。これぞ神仏の導き。今、この瞬間、会得した気でいる。これ得度やもしれぬ」
「それは大げさな」
「では、験比べといくか」
「わしは、それ程、行を積んでおらぬ」
「拙僧もじゃ」
「坊主がどうして術比べを」
「山伏には勝てると思うてな」
「それは逆、山伏のほうが術にたけている。これ、専門に修行しているからな」
「法力の前では、山伏ごときは退散するはず」
「宗派は?」
「真言立川流」
「マニアか」
「お手前の師は?」
「葛城鹿之助」
「精霊系だな」
「よく知ってるなあ」
 僧侶は印を結んだ。
「いざ、験比べ」
 山伏は瞳を眉間に寄せた。
 験比べは小一時間続いたが、何事も起こらなかった。
 二者とも験不足だったようだ。

   了

 


2008年12月6日

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