長床様
川崎ゆきお
これは、徳山という男が見たヘルスセンター跡の風景だ。
建物は営業当時のまま残っている。
徳山が忍び込んだのは大広間だ。学校の体育館ほどの広さがある。
間に柱が何本も立っているのは階上に小座敷が何部屋もあるためだろう。
体育館と違うのは、天井が低いことだ。
畳は上げられ、板の間になっている。
舞台は階段の二段ほどの高さにある。そのためかさらに天井が低く見える。
幕は取り外されている。
その舞台の奥に畳が敷かれているが、畳は数枚重ねられ、ベッドのようになっている。
徳山が逃げようとしたのは、人の気配がするからだ。
外光が舞台にまで届かないのか、かなり薄暗い。
徳山は牢名主を連想したようだ。牢屋内の親分や長老が積んだ畳の上に座っている図だ。
しかし、老名主と違うのは、四人いることだ。
これがお寺なら、高僧の木造や仏像が並んでいるように見えただろう。
だが、彼らは生きているようだ。
胡座をかいている者、正座している者、寝そべっている者。立て膝の者がいる。
徳山はそれが人間であることを知り、声をかけてみた。
「こんにちは」
彼らは黙っている。
行者かもしれないが、薄汚れた作業着やジャンパー姿だ。
徳山は自分と同じホームレスだろうと思った。
「どういう方々ですか」
「わしらは長床だよ」
「ながとこ?」
「長い床と書く」
「患って、長い床につく、あれですか」
「病気ではない。長老格の修験者だ」
「でも、ここ、ヘルスセンターですよ」
「空いているので、講堂にしておる」
「長老が四人もおられるのですか」
「みんな出世して、上り詰めた。下がおらん」
「零細企業みたいですね。全員役員」
「用がないなら、去れ」
徳山はその後、ヘルスセンター内を物色したが、美味しいものは見つからなかった。
階上の小座敷で一泊し、朝、もう一度大広間へ行くが、あの舞台には畳だけで、長床様の姿はかき消えていた。
きっとこの世の者ではないと思い、今まで誰にも話さなかったようだ。了
2008年12月7日