小説 川崎サイト

 

冬のたこ焼き

川崎ゆきお



 寒い昼だった。
 友岡はたこ焼きが食べたくなった。
 ちょうど前方の歩道沿いにたこ焼き屋があり、それを見たためだ。
 見なければ、食べたいとは思わなかっただろう。
 口の中がやけどしそうなほど熱いたこ焼きが食べたい。
 食べているところを想像するうちに、ますます食べたくなった。
 友岡は散歩中だ。家はすぐ近くだ。
 朝夕の散歩が寒い季節になったため、昼に出ることにした。
 たこ焼きが冷める距離ではない。
 あと、十メートルほどでたこ焼き屋だ。
 では、買えばいいではないか。
 当然、それが友岡の望みだ。
 しかし、ここで買ってしまうと、昼ご飯と重なる。
 では、たこ焼きを昼ご飯にすればいいではないか。
 笹岡の迷いは、いつもと違う行為になることが気に入らないのだ。
 若い頃はそんなことはなかった。気の向くままの暮らしぶりだった。
 しかし、今はたこ焼きをここで買うのは、掟破りのように思えた。
 たかがたこ焼きではないか。日常生活を狂わせるようなことではない。
 あと数歩でたこ焼き屋だ。
 早く決心しないといけない。
 友岡は焦った。
 いつもの自分を維持し、冒険に出るべきではないと、目一杯の理性を働かせた。
 ここでたこ焼きを買っても誰も文句は言わないし、誰にも迷惑はかけない。
 安心安全な行為なのだ。
 だが、友岡は思う。
 ここでたこ焼きを買えば、すべてが狂ってしまう口火を切ることにならないかと。
 友岡はこれまで、気ままな買い物に走り、老後の蓄えを減らしていた。
 どこかで、無駄遣いを止めないと、大変なことになると思い、大変な決心をしたのだ。それは大切な決死でもある。
 ここでたこ焼きを買う行為は大狼藉なのだ。
 やがて、たこ焼き屋のどん前に来た。
「ひとふね」
 友岡は口火を切ってしまった。
「何味にします?」
「えっ」
「ソース、醤油、ポン酢、なし」
「普通のでお願いします」
「じゃ、ソースね」
「はい」
 友岡はついにたこ焼きを買ってしまった。
 しかし、友岡には喜びはない。
 後悔の念に苛まれた。
「ポン酢にしておけばよかった」
 
   了
 


2008年12月10日

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