小説 川崎サイト

 

忘れた

川崎ゆきお



 家電店のレジに吉田老人が立つ。手に紙切れを持っている。
「これね」
 紙にはパソコンの商品名と価格が書かれている。お持ち帰り可能の表示付きだ。
「在庫、確認します」
 ひょろ長い顔の店員は別のことを考えた。
 この老人は昨日買ったばかりなのだ。
「あのう」
「ないの? 持ち帰り可能って書いてあるでしょ」
「昨日も買われましたね」
「買った覚えはない」
「はい、分かりました」
 やはりそうなのかと店員は確信した。
「会員カード、お持ちですか」
「一緒に出しておるだろ」
 注文カードの下に会員カードが隠れていた」
「少々お待ちください」
「現金払いだからね」
「はい」
 店員はレジ機にカードを入れた。
「吉田様ですね」
「そうだよ」
 店員は電話をかけた。
 電話に出たのは、吉田老人の家族だった」
「昨日買われましたね?」
「ああ、おじいちゃんですか。はい、昨日ノートパソコン買って帰りましたよ。遅くまで弄ってましたよ。それが何か」
「また、買おうとされているのですが、どういたしましょう」
「そんなことしないと思いますよ。昨日買ったんだから、もう買わないと」
「昨日、買っていないとおっしゃるのですが。いかがいたしましょう」
「やめさせてください」
「はい」
 店員は吉田老人と向かい合った。
「どうしたんだ? 在庫を確認するんじゃないのか」
「昨日買われたと家族の方が」
「あんなの買っておらん」
「昨日買われたことをお忘れになったの思うのですよね。だから、今日はこれで」
「あんなの買ったの忘れたいんだ」
「はあ?」
「メモリーが少ないし、キーボードも小さくて打ちにくい。だから、今日は大きき目のを買いに来たんだよ」
「じゃ、昨日買われたことは忘れていないのですね」
「あんなの、忘れたことにしていいんだ」
「ああ、そうだったんですか。それはどうもありがとうございす」
 ひょろ長い顔の店員はレジ裏の倉庫へ走った。

   了


2008年12月22日

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