小説 川崎サイト

 

小さな賞

川崎ゆきお



「継続は力なりですな」
 教授が学生に諭す。
「続けることが大事なんですよ。これはきわめて地道な作業を綿々粛々やるわけです」
 教授は学会で小さな賞をもらった。特に報道されるような規模ではないので、学生も知らない。
 教授が言い出さないと、知らないまま学生は卒業しただろう。
 その受賞のコメントを長々と述べている。特にそんな場が用意されていたわけではない。いつもの講義の教室でだ。
「君たちも続けること、継続が大事なんだ。私が言いたいのはそれだけだ。天才でもない人間が活躍できるのは、この地道な継続の努力なんだ。社会に出てから、いや、学生時代からその心がけで臨むのとよろしいでしょう」
 学生たちは何となく聞いていた。いつもの化学の話よりはリアリティーがあり、いつも居眠っている学生もそれなりに耳を傾けていた。これは講義ではないためだろう。
 一通り喋り倒した教授は、残り時間、講義に入る気になれなかった。テンションが上がりすぎたのだ。
「何か質問があるかね」
「継続できたのは、どうしてでしょうか?」
「いい質問だね。それはね、興味があったからだよ。好奇心だね。もっと知りたいという気持ちだよ」
「それはどうすれば得られますか」
「えっ、なんだい?」
「その、好奇心や知りたいという気持ちは、何処で得られますか?」
「それは研究するうちに沸々と沸いてくる」
「ありがとうございました」
 次に別の学生が質問する。
「興味のない事柄では駄目なんですね」
「そうだよ」
「どの程度の興味で、いいのでしょうか」
「うんと、それが好きだと言うことかな」
「継続が好き、ということでしょうか」
「いや、研究対象が好きだと言うことですよ」
「研究が好きなんですね」
「研究に値するものが好きだと言うことだよ」
「ありがとうございました」
 さらにもう一人が質問する。
「研究や、継続だけが好きでは駄目ですか」
 教授は突かれた。
 それは、この小さな賞に与えら得られた意味が、実はそれだったからだ」
「そ、それもありだよ」
「ありがとうございました」

   了

 


2008年12月31日

小説 川崎サイト