小説 川崎サイト

 

還暦のミュージシャン

川崎ゆきお



 還暦を迎えたアイドル歌手がテレビで歌っている。大きな会場でのコンサートのようだ。
「年取ったねえ。この人も」
「まだ歌えるんだ」
「人気、まだあるからね。当時のファン、沢山いるし」
「それで会場満員なんだ」
「スーパースターだったミュージシャンだからね」
「演歌じゃなかった?」
「ポップスだよ」
「でも、演歌歌手なら、大長老だよね」
「エレキギターのバンドは長老になれないねえ」
「それより、おなか出てない」
「目立たない衣装着てるね」
「あんな人がどうして人気があったの?」
「若い頃は美少年だったんだ」
「じゃ、女装すればいいのに」
「いや、男性の色気だよ。女性のそれじゃない。だから、女装は無理なんだ」
 昔の映像が映っている。
「同じ人?」
「そうだよ」
「別人じゃん」
「知ってる人はその延長で見てるから大丈夫なんだ」
「でも、大丈夫じゃないよ。ただの老けた親父じゃん」
「そのように見てないさ。会場の人や、年配のファンは。若い頃を思い出しながら見ているのさ」
「じゃ、今の顔やスタイルは見てないの?」
「そうだよ」
「演歌歌手なら、貫禄あっていいのにねえ。今からファンがつくの無理でしょ」
「それは、今のベテラン演歌歌手にファンが新しくつかないのと同じだよ」
「懐メロなんだ」
「みんな若い頃の自分を思い出しているんだよ。その手がかりが、あの歌手なんだ」
「だから、今の状態はどうでもいいんだ」
「ファンの人も、似たようなものさ。同類になってる」
「同類?」
「そう、ただの年配者の集まり。見ている人も、あの歌手のような状態になってるんだよ。見る影もないほど老いたね」
「でも、頑張ってるね。よく動いてるじゃん」
「あの年で、あんなに動く必要ないんだけど、元気なところを見せたいんだよ」
「見せ物じゃん」
「元々そういう商売だよ」
「そっか」

   了

 


2009年1月4日

小説 川崎サイト