小説 川崎サイト

 

自然ふれあい教室

川崎ゆきお



 山道を子供たちが下りてくる。急ぎ足で転がるように。実際に転倒し、泣きながら走っている子もいる。
「いいか、誰にも言っちゃあいけないよ」
 引率している大人が言う。
「何もなかったんだ。みんな無事だしね」
 引率員は自分に言い聞かす。
「どうかしましたかな」
 前方に猟師スタイルの老人がいる。
「まあ、落ち着きなされ、こんなところ、若い頃のわしでも駆けては下りれんぞ」
「おーい、みんなゆっくり下るんだ」
 引率員は子供たちに指示する。
 山への入り口に駐車場がある。観光バスがたまに入り込む寺がある。その駐車場だ。特に名所ではない。トイレタイム用の広場だ。
 トイレは広く、境内の外にある。だから、寄りやすいのだろう。
 駐車場に茶店がある。土産物屋の休憩所だが、食堂も兼ねている。団体客を入れるほどの広さはない。
 そこに先ほどの集団が座っている。
 彼らを連れ帰るバスは翌日にならないと来ない。引率員は携帯で、その交渉をしている。明日ではなく、今すぐ来てくれと。
「何があったのかな」
 猟師が聞く。この茶店の主人だが、今は息子夫婦に任せている。
「自然学校なんですが」
「ああ、あんたたちかい。沢でキャンプを張っていたのは」
「はい」
「で、何かあったかな」
 猟師は絶対に何かあったはずだと、くどいほど聞く。
「自然体験で、ちょっとトラブりまして、危険なので、引き上げてきました」
「出たのかい」
 猟師はそれを聞きたかったようだ。
「小骨は出ました」
 猟師は聞き直した。
 川魚を釣り、それを夕食にしたのだが、骨が喉に刺さったらしく、それがやっと抜けたようだ。実際には強引にはき出したようだ。だから、出たと言った。
「そんなことで、急いでお山から下りてきたのかな」
 野草を採取し、食べたのだが、数人が吐きだした。食べられる野草と図鑑に載っていたのだが、毒ではないだけの草だった。
「ほう」
 また、谷川の水を飲み、二人が下痢をし、衰弱気味だ。
「いったい、何をやっておったのかね」
「ですから、自然とふれあう体験教室です」
「そんなもの、無理にふれあう必要もなかろう。山暮らしするのなら別だがな。どうじゃ、わしのあとを継いで猟師にならんか」
 猟師は子供たちに冗談を投げる。
 しかし、子供たちは青い顔のまま反応しない。
 数時間後、マイクロバスがやって来て、子供たちを乗せ、帰った。
 猟師はそれを見送った。
「なぜ、あれが出たと言わんのだろうなあ」
「そんなの言うたら、別の体験学校になりますがな」
 猟師のつれあいが、歯が全部抜けた真っ黒な口で笑う。
「婆さん」
「わしじゃなかよ」

   了


2009年1月5日

小説 川崎サイト