小説 川崎サイト

 

峠の化け物

川崎ゆきお



 日傘峠を超えると、そこは隣国日野の山里が見える。山間だが肥沃な土地らしい。
 峠に市が立つ。
 庄右衛門は峠に立つ。
 日野の国を見学するためではない。商談だ。
 日傘峠に掘っ立て小屋がある。
 庄右衛門はそこに入る。
 人が住んでいる。
「今日は市の日じゃないが」
 住んでいるのは老婆で、日傘の婆さんとして知られている。流れ者だが、ここに定住してしまった。
「もうすぐ、日野から人が来るはず。待たしてもらうぞ」
「ハイな、旦那様」
「どうした、元気がないが」
「どうして分かる」
「今日はゆるりとしているようなのでな」
 日傘の婆さんは働き者で、一時も休まない。それが小屋で座り込んでいるためだ。
「出よりますのじゃ」
「化け物か」
「ハイな」
「婆さんも化け物のように見えるが」
「悪い冗談を」
 化け物とは、婆さんに似た爺さんだ。
「退治してくれんかのう」
「今日は商談できた。化け物退治は今度だ」
 そこへ、日野の商人が現れた。
 庄右衛門は化け物の話を商人にした。
 商談より先に、化け物退治をやろうと言うことになった。
 峠を見下ろす岩場で爺さんを発見した。
 庄右衛門と商人は脇差しを抜き、爺さんに詰め寄った。
「連れ合いじゃ。わしゃ化け物じゃない」
「峠の婆さんの連れ合いか」
「ああ、長く行方を捜し、やっと探し当てのじゃが、婆さん知らぬ顔で相手にしてくれん」
「夫婦だったのか」
 庄左エ門と商人は婆さんを説得した。
「分かりましたがな」
 婆さんは了解した。
 その後、老夫婦は小屋で住み続けた。
 市が立つ日、爺さんもよく働いた。
 どう和解したのかは庄右衛門も知らない。
 
   了

   


2009年1月23日

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