小説 川崎サイト

 

悪霊の館

川崎ゆきお



 いつ頃誰が言い出したのかは定かではないが、悪霊の館と呼ばれる建物がある。
 吉田はそれを思い出した。オカルト映画を観たあとだ。
 吉田のうろ覚えの、この情報は子供の頃だった。
 もう三十年ほど昔の話で、どうしてそんな記憶がアクセスされたのかが謎だ。これまでもオカルトやホラーものを観ることが何度もあった。そのときは悪霊の館など脳裏にない。それがどうして今回思い出してしまったのだろう。
 さっき観た映画はそれほど怖い内容ではなく、よくある話だ。映像もいつも通りの画面で、演出もそうだ。
 何かが呼び出したのかもしれない。古い記憶を。そして、それを呼び出したのは、映画の中の何かだ。
 だが、吉田は思いつかない。
 その映画は人形に悪霊が入り込む話だった。
 悪霊という言葉で悪霊の館を連想したのだろうか。それなら今までも悪霊という言葉に触れる機会があったはずだ。
 吉田は行くことにした。
 吉田がその町に住んでいたのは中学に入る前までだ。それから三十年ほど行っていない。家族が引っ越し、もう必要のない町になっていた。
 翌日の夕方、吉田は会社の帰りにその町へ入った。
 町内は一変していた。
 だが、子供の頃の記憶にある道はそのまま残っており、悪霊の館の位置は分かった。
 小学校時代の通学路だったので、よく覚えていたのだろう。
 そして、目に前にある建物を見て、吉田は驚いた。悪霊の館は三十年前と同じ状態であったからだ。
 近くにある同級生の家を訪ねた。
「吉田ちゃんか。年とったなあ」
「それはいいけど、悪霊の館、まだあるねえ」
「ああ、あれか。あるねえ」
「悪霊が住んでいたんだろ」
「気味の悪い魔法使いのようなお爺さんがいただろ。だから、悪霊の館って言ってたんだ」
「それじゃ、悪霊の館じゃなく、悪魔の館でもよかったんじゃないか」
「その頃流行っていたんだよ。悪霊の館って映画が」
「ああ、そうだったな」
「今はどう?」
「まだいるよ」
 吉田は悪霊の館の垣根から中を覗いた。三十年前も、こんなことをしていた。
 そして、やはりあの爺さんはいた。
「まだいたよ」
 吉田は同級生の家に戻り、報告する。
「二代目だよ。あの爺さんの息子さ」
 吉田は三十年の時を経て悪霊に呼び出されたわけではなかったようだ。
「帰るわ」
「また遊びにこいよ」
「ああ」

   了
   
   


2009年1月25日

小説 川崎サイト