小説 川崎サイト

 

やる気になった男

川崎ゆきお



「それでやりたいことは決まりましたか?」
「はい」
「前回訪問したときは、何も見つからず、時間がかかりそうだと言ってたので、これは難渋するなあと心配していたのですよ」
「あれから真剣に考えてみました。それで見つけたのです」
「それはいい改善ですねえ。真剣さも戻ってきたんだ。どうです。真剣に思えば、簡単でしょ。いや簡単というか、真摯な態度が氷を溶かすわけでね」
「その通りです」
「で、やりたいことはどんなことです。それさえ分かれば、私たちも協力しやすくなります。いくらでも力を貸しますよ。その気になっているのならね。これが大事なんです。やる気が起これば何だってできる。開けるものです。それにはいろいろな人たちの協力も必要でしょうけどね」
「はい」
「で、どんな内容かな?」
「な、内容?」
「やりたいことの中身ですよ」
「それはちょっと」
「はっきり決まっていなくてもいいのですよ。その方向が見えているだけでも」
「はい」
「で、どんな方向ですか?」
「方向というか、それは……」
「何か凄いことを考えたようですねえ」
「凄くないです。くだらないことです」
「人によって価値観は違うのですよ。君がくだらないと思っていても、他人は凄いと思うかもしれません」
「くだらないから、これで、決めてもいいのかなあと、少し思います」
「だから言ってみなさい。話はそれからだ」
「はい、実は、何もしないことに決めたのです」
「えーと、これはやりたいことが見つかったという話でしたね」
「そうです。やりたいことは、やらないことに決めたのです。それをやっと見つけました」
「見つけたって、君、それはね」
「最初から答えはここにあったのですよ。どうしてそれに気づかなかったのかと、目から鱗です。深く考える必要なんて、これっぽっちもなかったんだ。最初からそこにあるんだから」
「ああ、あのね」
「おかげで、自分のやるべき道が分かりました。ありがとうございました。もう心配かけません」
「ああ、あのね」
「やりたいことは、やりたくないことだったと決まって、青空が見えました」
「ああ、あのね、それはね……」

   了


2009年2月2日

小説 川崎サイト