小説 川崎サイト

 

魔物に襲われた村

川崎ゆきお



 魔物に襲われた村がある。
 今から十五年ほど前の話だ。村の一部が破壊され、大変な被害を被った。
 しかし、今はその痕跡さえ残らぬほど復旧している。村が全滅するほどの被害ではなかったのだ。
 その後、魔物の発生はなく、もう二度と襲ってこないだろうといわれている。
 魔物は一度襲った村を二度襲う確率は非常に低いのだ。
 村に残る記録でも、数百年前に魔物が出たと記されている程度で、そのときは被害はなかった。
 十五年も経過すると、もう魔物の噂さえ聞かなくなる。
 今度襲ってきたときはどうするのだと、防御の必要性を説く村人もいたが、魔物は突然発生するため、防ぎようがないのだ。
「これでは魔物災害が風化する」
 被災者の有志が立ち上がったが、村人の大半は、他人事ように聞いた。
 できれば、あの災難は忘れたいのだ。
 村の行事として、被災日を魔物襲撃日としたが、年々参加者は減った。
「十五年で風化するとはどういうことだ。あのことを忘れてはいけないのではないか。そこから得られる教訓があるはずだ。それを子孫に残すべきなのだ」
 有志は熱心に活動を続けた。
「五十年前、隣村が攻めてきて、村は焼き払われたでしょ。そちらの方が被害は大きいですよ」
 五十年前、村兵として戦った老人が言う。
「それも大事だが、魔物被害も大事だ」
「五百年前、わしらの祖先は、この土地に住んでおった人々を追い出して、村を起こした。そのことは語り継がなくてもよいのかな」
 もう一人の老人が言い出す。
「こちらの方が、村の歴史として重大ではないか。これは見事風化し、村人も忘れておる。まあ、その方が都合がいいからのう」
 魔物に襲われた村だが、彼らも昔は村を襲う魔物だった。元いた村人はもう存在しない。そのため語り継ぐ人も、語り継がれる人もいない。
 みんな、静かになった。

   了


2009年2月5日

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