小説 川崎サイト

 

ある実力者

川崎ゆきお



 村の有力者ではない実力者がいた。
 村は数人の有力者による合議で運営されている。
 その実力者は有力者会議には加わっていない。
 理由はメンバー定数のためだ。
 その実力者の家へ訪問する村外者が多い。
 そして今日も一人、薬の行商がやってきた。
「これはお近づきのしるしに」
 行商人は朝鮮人参を差し出した。
「あ、どうも」
 出されたものはさっと受け取り、さっとしまうのが実力者の流儀だ。
 話は聞くまでもない。村内で営業したいので、話を通してくれと言うことだ。
「やるだけはやってみましょう」
 しかし、実力者は動かない。
 有力者メンバーの一人が村内で決まったことを報告しにきた。
 実力者は黙って聞いている。
「どうです。あなたもメンバーに加わられては?」
「定員オーバーですよ」
 でもあなたのような実力者を加えない手はない」
「ほほう」
「もう一人加えるかどうか長老に打診してみます」
「数が多くなりませんか」
「七人います。八人になっても、さほど変わらない」
「八人では多数決で半々になった場合、面倒でしょ」
「そんな半々になるような事態は今までありません」
「考えておきます」
「今、七人ですが、最年長の岸和田さんが健康上の理由で、降りたいと言ってます。その場合は、加わってもらえますね」
「いや、私は村の有力者ではありません」
「でも、凄い実力者です」
「いえいえ」
「有力者メンバーのどの家よりも豪邸だ」
「いえいえ。お恥ずかしい」
 実力者は朝鮮人参を取り出した。
「これを岸和田さんに」
「これは高価な朝鮮人参。やはりあなたは実力者だ。将来は長老として……」
「いえいえ、ほんの頂き物で」
「こんなもの、簡単にもらえませんよ」
「いえいえ」
 また、行商が実力者を訪ねてきた。
 今度は呉服屋だ。
 薬屋と同じ頼みだった。
 そして、反物を置いて帰った。
 実力者は何もしない。
 なのに、村外の人間は長老や有力者を飛ばして彼を訪問する。
 数日後、健康を害した有力者の岸和田が訪ねてきた。
「あの朝鮮人参はよく効いた。何処で手に入れたのだ。よければいつでも手に入るように手配してくれないか」
 実力者は薬の行商人に連絡した。
 その後も、この実力者はなぜか有力者メンバーには加わっていない。
 
   了
   


2009年2月6日

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