小説 川崎サイト

 

神秘の果て

川崎ゆきお



「世の中、ここまで見えてしまうと、面白くないねえ。謎と神秘が消えたようなものだ」
 情報化時代になり、そう呟く神秘家がいた。
「そうですねえ。神秘家にとって、隠されたものが減ると困りますねえ」
「それ以前にねえ、神秘家なんてものが存在すること自体、無理な存在になる」
「職種として、ないですよねえ、神秘家なんて」
「ああ、調べれば分かることだ。まあ、情報化時代とは関係なく、調べなくても分かることだがね」
「先生もインターネットで調べたりするのですか」
「ああ、それで、世の中が分かったような気になったよ」
「でも、ネットに上がっていないことは情報としてもないでしょ。おそらく上がっていない情報の方が多いと思いますよ。ですから、まだまだ世の中はネットでは分からないと思います」
「そうかね、じゃ、まだ神秘家としてやっていけるかもしれないねえ」
「そうですよ」
「しかしだ。わしの得意とするオカルト関係は、ネットでも読めるのだ。いや、専門家のわしより詳しく書かれておる。わしが説明するより、ネットで見れば分かる状態だ」
「でも、それをネットに載せている人は、神秘家ではないでしょ。単に好きな人ではないでしょうか」
「しかし、わしより詳しいとなると、神秘家のわしを超えておるじゃろ。それじゃ、わしゃ失業じゃわ」
「もう、既に失業されておられるのでは」
「余計なことを」
「でも、先生のような風貌でないと、神秘家らしくありません」
「それだけか、わしが秀でておるのは」
「他にもあると思います」
「急には思いつかんか」
「いろいろあると思います」
「たとえば?」
「あ、キャリアです。経験です」
「しかし、わしが体験した神秘ごとは、そのほとんどはインチキだった。錯覚のようなもの、またはデマやインチキだ。これでは経験を積んだとは言えんだろ」
「神秘ごとに関わったと言うことが貴重なのです。そればかりを、ずっと」
「それだけか、わしが秀でておる面は」
「あとは、誰もが先生を神秘家だと認めていることです」
「一般人は知らんだろ。テレビによく出ておるわけではないし」
「書籍があります。先生の」
「それは君ところの出版社だけから出したものだろ」
「だけ?」
「そうだ。他社は知らぬ顔だ。君ところ一社のみでは、客観性がない。しかし、売れない本をよく続けて君のところは出し続けてくれたものだ。そこは感謝する」
「今日、お伺いしたのは、悲しいお知らせで」
「もう出さないのかね」
「はい、倒産しました」
 神秘家は黙った。
「先生」
「ん」
「お元気で」
「ああ」
 その後、神秘家はただの老人になった。

   了


2009年2月7日

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