隠れ里伝説
川崎ゆきお
「そこは、隠れ里とでもいいましょうかな。周囲から遮断された場所にありますのじゃ。別に隠しておるわけではない。里へ入りにくいだけじゃ」
「どうしてでしょうか」
「用事がないからだろ」
「辺鄙な場所にあるためですね」
「それが幸いしてかな、世の中とは違う里になった。そこまでくると、これは隠した方がいいのではないかと、里人は思いだしてな」
「どうしてでしょう」
「ギャップができすぎたのじゃな」
「ギャップですあ」
「ああ。違いが大きくなりすぎた。世の中と違いすぎたためじゃ。違いが大きいと、説明も面倒になる」
「そんなものでしょうか」
「そんなもんじゃよ。それで、もう今では完全なる隠れ里になってしもうた」
「はい」
「そうなると、見つけられるのをおそれ、ますます隠すようになる」
「そんな心理になるのでしょうね」
「ああ、そうだ。たとえば、里へ入る入り口を偽装した。里への入り口は林道だ。里へ続く枝道がある。これが分かりにくい。ただでさえ分かりにくいのを、さらに分かりにくくした。枝道がないように、見せないように、下草を茂らせたのじゃ。これじゃ、獣道だな。
そこから先はそこそこ広い林道に出る。その林道がくねっておってな。さらに枝道や脇道がある」
「それ、偽装しなくても、迷いますよね」
「そうじゃ。そこをさらに手を加えたものだからたまらない。里の者しか分からぬ道になったのよ」
「では、今では完全に世間と遮断し、孤立した里になっているのですか。それってかなりあり得ない話だと思いますが」
「そう、かなりあり得ん」
「でも、そこは、桃源郷のような場所かもしれませんねえ。自給自足の里で」
「住むのなら、そんな土地がいいのう」
「隠れ住む感じですね」
「隠遁にはもってこいだ」
「でも、里人は、その世界で我慢できるでしょうか」
「もう何世代も、そんな生活をしておると、ここがすべてだと思うようになる」
「でも、現代文明の恩恵が受けられないのでしょ」
「その方が幸せかもしれぬじゃないか」
「行ってみたい気がします」
「そうか」
「どこにあるんですか?」
「あればよかろうという話だ」
「ああ、話だったのですか」
「まあな」了
2009年2月9日