小説 川崎サイト



笑うガードマン

川崎ゆきお



「別に規則違反を犯したわけじゃないからね。クビにするわけにはいかんだろ」
「主任は見ていないからですよ」
「そんなにひどいのか」
「そういうのじゃないんですが……一度見に行ってくださいよ」
「分かった」
 警備会社の人事主任は、工事現場に乗り込んだ。
 請け負っている現場は建物前の歩道だった。
 歩行者が多く通る場所で、資材を運ぶ車両が歩道を乗り越えるため、交通整理員を配置している。
 その中の一人が、問題のガードマンだ。
 主任はその男が受け持っている場所へ近付いた。
 歩道をトラックが横切る。
 日焼けした真っ黒な顔の男が歩行者を待たせている。
 トラックの尻が消えると、手招きするように歩行者を流す。
 問題はない……と、主任は思いながら、車両の出入り口に近付いた。
 問題のガードマンは島田雄吉。土木作業員を辞め、パートで来ている。
 主任は島田のすぐ前に来た。
 島田は、通ってもいいと赤い棒を水平に振った。
 確かに問題はない。
   ★
「問題はないよ」
「ちゃんと見られましたか?」
「ああ、見たよ」
「妙じゃなかったですか?」
「別に」
「おかしいなあ……」
「何が問題なんだ?」
「苦情が来てるんですよ」
「それを先になぜ言わない」
「それが、微妙でして……」
「そんなこと、そっちで処理しなさいよ」
「いいんですか?」
「私には何が問題なのかは理解出来んが、現場がそう言うのなら、そうしてもいい。しかし、理由を聞きたい」
「笑うんです」
「なに?」
「女性を見ると笑うんです。真っ黒な顔で、真っ白な歯で、ニタニタ笑うんです」
 主任はマニュアルのページをくり始めた。
 
   了
 
 
 

 

          2006年04月16日
 

 

 

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