魔が差す
川崎ゆきお
偽装がばれそうになった会長は観念した。覚悟した。もはやこれまでと感じたからだ。
どうせばれるのなら、しらを切り通すより「私が命じました」と言った方が、少しは印象がよい。
しかしやったことは詐欺であり、自社の信頼がなくなるだけではなく、社会的な責任も大きい。
会長は強制捜査が入る前に、記者会見を開いた。
そして、いろいろな疑惑を、すべて認めた。
記者会見で、最後に用意した言葉は、
「魔が差したとしか言いようがありません」だった。
当然、会社は営業を辞め、倒産した。
会長は偽装で稼いだ金を密かに隠していた。これだけはばれなかった。
会長は関連会社の役員も辞め、顧問で残ることもしなかった。
悠々と暮らせるだけの大金を持っているためだ。
会長は都内の豪華なマンションで隠居生活に入った。
そして、ソファーで深座りしながら巨大な液晶テレビを見ているとき、この世のものならぬものが現れた。
「だ、誰だ！」
人ではなく、化け物だった。
「あなたの魔だよ」
「？」
「魔だよ」
「何が、まだなんだ？」
「魔が差す魔だよ」
「はあっ？」
「わしは、差さなかったぞ」
「ああ」
「わしの、せいに、したな」
「そうだ。魔が差したんだ」
「しかし、わしは、ささなかったぞ」
「で、何だ？」
「わしは、あなたの中の魔だ」
「そんなものが、本当にいるのか」
「一人に一魔いる」
「そうか、で、何だ？」
「嘘をつくとどうなる？」
「偽装の罪は認めた。社会的制裁は受けた。詐欺罪も受けた。正直に手口も話した」
「じゃ、魔が差したとは何だ。わたしの、せいに、なぜした」
「本当に魔が差したからだ」
「いいや、わしは、そそのかさなかったぞ」
「だから、何だ。どうすればいい」
「魔が差したと、わしら魔のせいにした輩が行く場所がある。そこへ連れていくだけだ」
「何だそれは」
その後、会長の姿を見た人間はいない。了
2009年2月13日