小説 川崎サイト

 

ある町の行事

川崎ゆきお



「因習?」
「はい、何か、この町はおかしいのです」
「で、因習とは?」
「風習かもしれません」
「古い町なのですか?」
「はい、町並み保全に指定されているはずです。僕はそこ地域の裏側のマンションに住んでいます」
「余所者ですね」
「でも、昔から住んでいる人はわずかだと思いますよ。古い家は数えるほどしかありません」
「それで、因習とは?」
「旧区の人たちが、夜な夜な集っているようなのです」
「はいはい」
「お年寄りから、子供まで」
「ほう、それは、家族的ですね。それは何かの行事でしょ」
「だから、因習です」
「どうして?」
「こっそりやっているからですよ。しかも夜中にですよ」
「で、何をやっているのですか」
「旧区で一番大きな屋敷があるんです。夜中まで、提灯が門に」
「それは、お祭りでしょ。それに提灯を出しているのですから、隠しているわけじゃない」
「月に二度です。それは秋祭りとか、夏祭りとかじゃないでしょ。ほぼ日常的にやっているのです」
「で、何を?」
「怪しげな信仰です」
「提灯には何が記されています」
「蛇の絵と家紋のようなのが」
「蛇の信仰は珍しくないでしょ。水の神様で、農耕の神だから」
「農地なんてありませんよ」
「昔はあったのでしょ」
「だから、因習が残っていると言ってるのです」
「因習というのは、悪いことですよ。今の時代に弊害をもたらせるような」
「それには僕らは参加できないのです」
「する必要ないでしょ」
「でも、こっそり、そんなことをやっているのが、気になるのですよ」
「興味があるのでしょ。その行事に」
「まあ」
「それはおそらく、講です。信仰ではなく、親睦団体ですよ」
「羨ましいと思うのです。月に二回も、そんな秘密めいた行事をやっているのが」
「それだけのことでしょ」
「はい」

   了


2009年2月14日

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