小説 川崎サイト

 

殻を破る

川崎ゆきお



「この人の場合、自分の殻をぶち破り、大成功したのですがね、今は、その反動で、駄目になりましたよ」
 医者はファイルを閉じた。
「そうなんですか」
「殻をかぶっていりゃあ、助かったのかもしれませんがね。まあ、そのかわり、ハイリターンは望めませんがね」
「でも、上司から殻を破れと」
「医者の私はおすすめしません」
「でも、ハイリターンを望みたいです」
「今のままでは駄目なのですか」
「どこかで、ストップがかかり、それ以上強引に仕事ができません」
「営業のお仕事でしたか?」
「はい、ヒューマンスキル重視の」
「上司は?」
「僕の力が出ていないと」
「えっ、何の力?」
「ですから、僕が持っている潜在的な力です。それを出すのを押さえていると」
「それは、殻ですね。自我です」
「はい」
「自我は安全装置なのですよ」
「はい。それを外せと」
「つまり、殻を破れって、ことだね」
「だから、よろしくお願いします」
「だから、それはおすすめできないのですよ」
「でも、それでは営業に」
「それは殻の問題じゃないでしょ」
「でも、上司が」
「殻はね、一皮むけても、まだまだあるのですよ。だから、きりがない」
「今までの自分の殻をぶち破り、新しい自分になって……」
「それは幻想です」
「そう、言うゃないですか」
「言ってるだけですよ」
「じゃ、何でしょう」
「ほかに手がないからでしょ」
「手?」
「営業テクニックですよ」
「営業スキルはかなり磨いています」
「だったら、もうその市場は限界なんでしょ」
「それは、何となく見えています」
「だから、あなたが殻を破って猛進しても、無駄死にですよ」
「じゃ、どうすれば」
「上司にも手がない。殻を破れって、言う精神論に入ってる」
「それも気づいていました」
「そこまでつきあう必要はないでしょ」
「上司にですか」
「潰されますよ」
「それなんです。だから、困って、ここに」
「それが、あなたの健康な殻のおかげなんですよ。自分を守ろうとするね。殻を破る気があるのなら、ここには来ない」
「はあ」
「まあ、お大事に」

   了


2009年2月16日

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