小説 川崎サイト

 

武芸者

川崎ゆきお



 ある武芸者が城下町に入った。
 天下に名の知られる武者修行の浪人だ。
「来ましたぞ」
 師範代が道場主に報告する。
「早速試合を挑んできていますが」
 ただの道場破りではない。真剣勝負だ。
「誰に」
「当然、城下一の達人にです」
「わしのことか」
「ぎょい」
「迷惑だな」
「はい、あの者、とうに仕官したと思いきや、未だ浪人とは」
 その武芸者、一度も負けたことがない。道場側が試合を避けるのは当然だ。
「かの者、まともに勝負したこと、一度もありませぬ」
「そうだったか」
「さる領国の剣術指南役との試合では、かなり遅れて登場し、思わぬ武器を使ったとか」
「船の櫓だろ。有名ではないか」
「相手は、それが武器だとは思わず、刀を抜くのを待っている間に……」
「そうだったか」
「まともに戦ったことはありませぬ」
「鎖鎌の名人を倒したではないか」
「山中にて、ほぼ隠居に近い状態の老人を倒したまで」
「そうだったか」
「それで、天下一の剣の名人、達人と噂され、その名、諸国に知れ渡っております」
「わしも名は知っておる」
「それだけの活躍をしながら、未だ浪人」
「修行中なのだろ」
「それは、仕官するまでの間」
「では、仕官すれば、真剣勝負もやめると」
「ぎょい」
「では、なぜそれほどの達人が仕官できぬ」
「それはわかりませぬ」
「しかし、わしを倒しても、それほど有名にはならんと思うがな」
「我が道場は名門。それを倒したとなると、名声を得られまする」
「今までも名声を得てきたのだろ。今度も同じではないか」
「おそらく」
「迷惑な話だなあ」
「では、試合、断りますぞ」
「ああ、そうせよ」
 武芸者は道場主が逃げたと城下で言い触らした。
 師範代は武芸者と掛け合った。
「隣国に槍の名人の道場ある。そちらのほうが名声を得られるはず」
「槍相手では太刀は不利」
「だから、それを負かせば、名声大ではないか」
「あの槍名人は若くて体力がある」
「大変だなあ」
「早く落ち着きたい」
「まあ、うちは迷惑だから、他に行ってくれ」
 師範代は路銀を握らせた。

   了


2009年2月19日

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