南京豆売りの老婆
川崎ゆきお
妄想好きな奥村は、いつもあらぬことを考えていた。
中華街の入り口で南京豆を売っている老婆がいる。
奥村は子供の頃から、その風景を見ている。たまにしか、その港町へは来ないのだが、来ると決まって、南京豆売りが気になる。
子供の頃はそれほどでもなかった。この界隈は、いろいろな露天が出ていたし、雑多な場所だった。それでも南京豆売りの老婆は気になっていた。
組立式のテーブルを使うのは街頭占い師と同じだ。その上に新聞紙で作った小さな袋に南京豆をいれて小売りしているのだ。
テーブルクロスにナンキンマメと書かれているので、南京豆を売っていることがわかる。
さすがに今は新聞紙ではなく、小さな紙袋の中に入れている。
奥村が子供の頃、見た老婆はもういないが、似たような老婆が同じところに座っている。
そして、これまで百回以上、その前を通るのだが、一度たりとも南京豆を買う客を見たことがない。
好奇心旺盛な十代後半、奥村はじっと南京豆売場を観察したことがある。
一時間はのぞいていたのだが、老婆と目が合い、それ以上観察できなかった。
そして、二十代をすぎると、別の老婆が売っていた。
午前中と午後に前を通ったときは、違う老婆だった。
「本当に南京豆を売っている人なんだろうか」
老婆は中華街が開く前からそこにおり、中華街が閉まる時間までいる。
おそらく中華街の人だろうと思う。そう考えると、この中華街で、一番長い営業時間なのは、この南京豆店なのだ。
同じようなミステリー好きな好事家が、テーブルを畳んだ老婆のあとをついていき、中華街の深い迷路の中で消息を絶った……という話は聞かないが、何かあるはずだ。
何かの要員かもしれない。連絡係とか……
そして、あの南京豆の小袋の中には、秘密のメモが入っている……
しかし、それらはすべて奥村の想像であり、ここまで来ると妄想だ。
だが、このことをまことしやかに語りきった。
「面白いい話なんですがねえ」
「そうでしょ」
「しかし、面接会場で話す内容ではないと思いますよ。まあ、広告代理店の面接なら、よかったかもしれませんがね」
奥村は、落ちた感触をはっきり得た。それは妄想ではなく。了
2009年2月23日