小説 川崎サイト

 

風呂場の人影

川崎ゆきお



 三島は妙なものを見た。
 トイレから戻るとき、風呂場に人影があった。
 深夜の三時頃だ。夜中にと行くことはたまにある。
 朝になれば、会社なので、できるだけ目を開けないように、目を覚まさないような感じでトイレ往復することを心がけていた。できれば半睡眠で、半ば寝ぼけ気味のほうが好ましい。寝付けなくなれば困るからだ。
 そうなる可能性のある人影を見てしまった三島は、強引に寝ぼけの域へ逃げ込もうとした。刺激を受けたくなかったからだ。
 借りている部屋は狭い。しかし、風呂場とトイレが別になっており、両方に小窓がある。それが気に入って引っ越してきた。もう数年になる。
 その人影が、人である可能性はない。窓には格子がはまっており、人は入れない。格子を外したとしても、猫ぐらいしか入れないような窓なのだ。
 では、浴槽の磨りガラスに映った人影はなんだろう。
 やはり三島は気になって寝付けなくなった。
 やがて、頭が完全に起きてしまった。そのおかげで、謎が解けた。
 洗濯物をハンガーのまま吊していたのを思い出した。
 三島は安堵を得て、そのまま眠ることができた。
 そして、目覚まし時計で起き、いつものようにトイレへ行った。
 そこで、謎が解けなかったことに気づいた。
 風呂場の人影が消えているのだ。
 三島は本当に洗濯物を風呂場に吊したのかどうかを思い出そうとした。
 いつもはベランダに吊していた。
 しかし、昨日は風呂場に吊したまま寝たような気がする。この記憶は正しい。なぜなら、こんなところに吊すと、ドアを開けたとき、邪魔だなあと思いながら、風呂場から出たのだ。その記憶ははっきりある。
 だから、昨夜人影のように、そこに誰かが立っているように見えたのだ。
 三島は不安になり、ベランダを見る。
 洗濯物は吊されていない。
 昨夜見たのは、幻だったのか。
 または、夢を見ていたのかもしれない。
 三島はわけが分からなくなった。
「誰がいるんだ」と、気合いの声を出して風呂場のドアを開けた。
 窓が少し開いていた。
 そして、足元に洗濯物が落ちていた。
 
   了


2009年2月26日

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