小説 川崎サイト

 

夢の力

川崎ゆきお



 夢の力をなめるな。
 と、居酒屋のメニューの横に貼られている。
 岩田と辰巳は同じ会社の同僚だが、倒産が近いことを心配していた。
「夢の力か」
 岩田は張り紙を見ながら呟く。
「ああ、夢ねえ」
「夢の力をなめちゃいけないってことかな」
「そのままじゃないか」
「夢を持っている人間の力には凄いものがあるから、夢を信じて生きている人間の力を侮るなってことか」
「誰に言ってるのかな?」
「周囲の人間や、自分にだろ」
「それは建設的だな」
「だから、夢を持っている人間は強いんだ」
「でも、会社つぶれるぜ。これって、個人の力じゃどうにもならないじゃない」
「まあ、そうだけど。それでも夢を持ち続ける人間は強い」
「そうだな。今から転職先探した方がいいかも」
「まだ、つぶれるかどうか、決まったわけじゃないからな。それは早すぎるんじゃない」
「夢って、誰の夢だろう」
「自分のだろ」
「ある?」
「普通に暮らせればいい。こうして、給料で飲めればいい」
「それは夢かなあ」
「実現できるからね。そんな大した夢じゃないさ」
「じゃ、夢の力も小さいわけだ」
「君は?」
「僕も同じだよ。家庭があるからね。平穏無事な生活ができればいい。だから、普通の会社で、普通の給料もらえれば、それでいいよ」
 二人とも語るほどの夢はなかった。
 二人とも、もう夢を果たしていたのだ。あとはそれを継続させるのが夢と言えば夢だ。
 その場合、倒産の恐れがなければ、見なくてすむ夢だ。もう見ているのだから」
「夢の力をなめるな、って、夢ははかないってことかな。信じちゃいけないってことかな」
「逆に考えるわけね」
「それ、普通でしょ。夢なんて、信じてたら駄目なの、常識じゃない」
「夢は弱い」
「そうそう」
「だから、夢の力を過信するなと」
「そういうこと」
「それじゃ、当たり前じゃない。わざわざ貼り紙にする必要ないじゃない」
「だから、正解は、夢を持っている人間を馬鹿にするなってことだろ。なめるなって、そういうことだし」
「まあ、僕らには関係ないね。夢の力に頼ってないから」
「会社、つぶれないことだけを願うよ」
「つぶれないことが夢かな」
「見てるだけだからね。どうしようもないし」
「そうだね」
 二人はその後、会社がつぶれる前に転職した。
 
   了
   


2009年2月27日

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