小説 川崎サイト

 

風邪薬

川崎ゆきお



「風邪を引いたとき、風邪薬を飲むでしょ」
「私は飲みませんがね。まあ、ひどいときは医者に行きます」
「じゃ、そこで風邪薬もらうでしょ」
「もらいませんよ。買いますよ。薬は無料じゃないですからな」
「何でもよろしいが、それで、風邪薬を飲んだことはあるでしょ」
「そりゃあるよ。長く生きてるんだから。風邪薬なんて、数え切れんほど飲んだ」
「はい、じゃ、話を進めましょう」
「なんの話なんじゃ」」
「眠くなったりするでしょ」
「ああ、するなあ。鎮静作用の入った成分が効いておるんだろ」
「その状態って、ノーマルだと思いませんか」
「病んどるのだから、ノーマルじゃないだろ」
「気持ちがです。今まで波立っていた精神の海が、静かになったような」
「まあ、大人しくなりますなあ」
「それそれ、その状態が本来のはずなんです。私は、風邪薬を飲むと、精神的に落ち着くんです」
「それは、薬に気分が抑えられておるんじゃないですかな。自然じゃない」
「苛立っていた気持ちが、和らぐのですよ」
「それだったら、それ用の薬を飲めばいいじゃないですか。鎮静剤とか」
「そうなんですが、それじゃ不自然だ」
「風邪薬も不自然じゃないですか」
「風邪を引いているから飲む。だから自然ですよ」
「ほう、私は滅多に風邪、引かないので、その機会はないかな」
「人間なんて簡単なんですよね。こんな薬だけで、気持ちが鎮まるのだから」
「それが言いたかったのかね」
「私は長く道徳を教えているんですよ。しかし、薬一発で大人しくなる。これって、なんでしょう」
「ドーピングのようなものでしょ。反則だよ」
「そうですよね」
「あんた風邪薬より効く薬飲もうとしていませんか」
「精神安定剤でしょ」
「それそれ」
「別に病んでいないので、飲みませんよ」
「その方がいいよ。副作用があるから、よく効く薬はね」
「人間の気分って、大した意味はないんだなあと、思う昨今です」
「今日は風邪薬飲んでいるのかね。話し方が穏やかだ」
「あ、はい」

   了


2009年3月4日

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