小説 川崎サイト

 

ニート相談員

川崎ゆきお



 ニート相談室での話だ。
「本当にやるべきことがあるんじゃないですか。もうすぐ三十でしょ」
「本当にやるべきことねえ」
「あるでしょ」
「あるんでしょうねえ」
「なんだと思います」
「仕事でしょ」
「正解」
「そんなの当たっても面白くないよ」
「でも、働かないといけないとは思っているんでしょ」
「まあね」
「何かやりたい仕事はありますか」
「あるけど、それはできないよ。夢だからね」
「そうですね。可能な仕事がいいですね」
「収入が必要なことは分かってるけど、それはやりたいことじゃなく、やらないといけないことだから」
「そうそう、それが本当にやるべきことだと思います。答えは出ているんですよ」
「でも」
「はい」
「ここに大金が舞い込んだら」
「ほう」
「収入を得る仕事をしなくてすむじゃない。そうすると、本当にやりたいことが消えてしまう」
「それはないでしょ」
「ありますよ」
「いや、だから、大金が舞い込むような話ですよ」
「ないとは言い切れないよ」
「それを当てにしているんですか」
「そうじゃなく、本当にやりたいことが、そんなことで、やらなくてもよくなるのが、妙なんだ。それだった本当じゃなかったことになる」
「でもですね、今のあなたが本当にやらなければいけないのは働きに行くことでしょ。その準備段階でもよろしい」
「お金があれば問題が解決するんじゃないですか」
「あればね。でもないでしょ」
「ない」
「じゃ、社会復帰し、働きに行くことですよ。それが今のあなたのやるべきことです」
「あのね、それね、言われなくても分かってるんだよね」
「何が気に入らないのかなあ」
 相談員は詰め寄る。
「言っていいですか」
「どうぞ」
「これって、相談じゃなく、説教でしょ」
「あなたも、何とか脱したいと思い、ここに来られたのでしょ」
「だから、説教でしょ」
「脱したいとは思わないのですか」
「いや、もっと根本的な話ができるかと思ったんだけどね。君、下手だよ」
 相談員は露骨にむっとする。
「また、気が変わったら、来てください。いつでも受け入れますよ」
「はいはい」
 三十前のニートは、いろいろな相談所を訪ねるのが日課になっており、それを娯楽にしていた。

   了


2009年3月5日

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