小説 川崎サイト

 

埋め草

川崎ゆきお



 通りで花を育てている老人がいる。
「埋め草だよ。埋め草」
 いつもそこを通る近所の男に言う。その男は、一日ぶらぶらしており、そのぶらぶらぶりを老人はいつも見ていた。
「草を植えることを、埋め草というのですか?」
「草は埋めないよ。根は埋めるがね。私が言う埋め草とは、時間を埋めることだ」
 男は余計に分からなくなった。この老人独自の言葉があるのだろう。
「何かで埋めないと、退屈だろ」
 そういう意味かと男は理解した。
「君も散歩に出るのが、埋め草だ」
「そうですねえ。部屋でじっとしていると退屈ですからね。たまに外に出たりしていますよ」
「人生も埋め草なんだよ」
「はあ」
「何かで埋めないといけない。長いぞ、人生は」
「じゃ、一つの埋め草の量が多いと、それがメインになりますね」
「そうそう、それがなくなると、ぽっかり土が空く。だから、何かで埋めないとならんのだ」
 老人は自分が草花の世話をする意味は、実はそこにあると言っている。
「僕ももっと埋め草を増やそうかなあ」
「埋め草は何でもいい。しかし、それを見つけるのは結構大変だ。私は草花なんて興味がなかった」
「いつも綺麗にしているので、好きな人かと思ってましたよ」
「他にすることがないからな。まあ、君も毎日何度もここを通るじゃろ。そして見てくれている」
「見てますよ」
「だから、通りに面したここに植えておるのだ」
「好きでもないのに、よく花の世話ができますねえ」
「ああ、埋め草だからできるんだ」
「ネタと言えば、これぞネタですね」
「そうそう、ただのネタだよ。だがね、このネタを見つけても実行するのは難しい。こんなことが本当に楽しいことなのかと考えるとね」
「今はどうですか」
「今か」
 老人はちょっと間を置く。
「まだ分からん。今は義務だ」
「義務感で続けられるのですね」
「続けておるふりをしておるところじゃ」
「そんなので、いいんですね」
「ああ、いつの間にか癖になってね。習慣だ」
「僕も、習慣で散歩に出ています」
「それでいいんだよ。それで」

   了


2009年3月6日

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