小説 川崎サイト

 

路上で寝ず

川崎ゆきお



 職を失った田中は繁華街を彷徨っていた。
 会社の寮を追い出されたので、寝るところがない。
 そろそろネオンも陰る時間だ。人通りも少なくなり始めている。
「居場所ないんじゃない」
 スーツ姿の青年が田中に声をかける。客引きのようだ。
「ああ、まあ」
「いいとこあるよ」
「お金が」
「喫茶店だから大丈夫」
 その雑居ビルは裏通りにあった。人気のない通りなのか、人通りはほとんどない。
「深夜喫茶、ここにはないと思うけど」
「あるんですよ」
 その店への入り口は、ビルの廊下の突き当たりにあった。地下へ降りる階段がある。
 男は粗末なドアを開け、田中に入るように手招いた。
「ごゆっくり」
 男はそのまま階段を上がっていった。
 薄暗い部屋だった。喫茶店とは違っている。その印象は絨毯を敷いたフェリーの大部屋に近い。
 煙草の煙が薄暗い照明の中で漂っている。
 かなり広い店、いや部屋だ。
 ボーイが現れ、田中を席まで案内した。
 席といっても座布団が一つと、アイロン箱のようなものが置かれているだけだ。
 どうやらこれがテーブルのようだ。
 天井が高いと思ったのは、客のほとんどが横になっているためだ。
「ご注文は」
「コーヒー」
「おたばこ吸いますか」
「ああ」
「その箱の中に灰皿が入ってます」
「あ、はい」
 他の客は、空いているスペースに全身を伸ばしている。寝袋の中に入っている人もいる。
 ここは倉庫だったのか、コンクリートはむき出しで、天井も配管が丸見えだ。
「兄ちゃんも、良かったら入りなよ」
 パジャマ姿の男が田中を誘う。
 部屋の中央部で、車座になった一団がいる。
 田中は、怖いので、首を振る。
 ボーイが缶コーヒーを運んできた。
「前金です」
 よく見かけるメーカーの缶コーヒーだ。その数倍の金額を田中は支払う。
「あとは、自販機で買ってください」
「はい」
 零時を過ぎると客が増えた。
 田中は体を伸ばす場所を確保するため、早い目に横になった。
 そして、うとうとし始めた。
 これは、きっと夢を見ているのだ。そして、起きれば路上で寝ているはずだ。
 そう思いながら、田中は寝入った。

    了


2009年3月9日

小説 川崎サイト