小説 川崎サイト

 

門前の小僧

川崎ゆきお



 少年が棍棒を振り回している。素振りなのか、一人チャンバラなのかはよく分からない。場所は草原で、誤って人に当たる恐れはない。
 ガシンと、棍棒が振動した。草原の中の岩に当たってしまったためだ。
 痺れが少年を襲ったが、わずかな間だ。何事もなく、棍棒を振り回し続けた。
 その草原の前に道場がある。寺の境内が稽古場になっているらしい。
 小さな山門は常に開いており、稽古する門人の姿を覗き見できる。
 視点を変えれば、境内からも少年の姿を見ることができる。
 ある日、いつものように草原で少年が素振りをしている、寺の住職が通りかかった。草原ではなく、寺の塀沿いの道だ。
 住職は道場主でもある。棒術の達人だ。
 少年はちらりと住職を見た。視線は合わなかった。
 山門まで住職は歩いている。少年の姿が視界に入るはずだ。
 少年は力演した。
「その身のこなし、ただ者ではない」と、住職に思われたかったのかもしれない。
 カシャンと、また岩を叩いてしまった。
 住職は音の出るほう、つまり少年を見た。 叩いたときの振動の伝わり方が悪かったのか、手が痺れ、棍棒を落としてしまった。
 住職は気にもとめない様子で山門を潜った。
 門下生が稽古をやめ、一礼している。
 少年はなおも素振りを続けた。
 しかし、山門から人が出てきて、住職が話がある、とかの誘いはなかった。
 これがきっかけで、山門入りし、棒術の達人になるきっかけになった……という話にはならなかったようだ。

   了


2009年3月15日

小説 川崎サイト