トーンダウン
川崎ゆきお
いつも活動的な人間が、急に静かになることがある。傍目から見れば、急だが、本人にとっては徐々にそうなったのだろう。
「最近元気ありませんねえ」
心配した後輩が、その先輩を訪ねてきた。
「そうかなあ」
「最近動きがないですよ。連絡もないので、どうしたのかと思いました」
「連絡ねえ。していないねえ。そういえば。まっ、用事がないからね」
「体の調子でも悪いのですか」
「そうじゃないけど、やることがなくてねえ」
「先輩は、やり過ぎたのかもしれませんね」
「そうだね」
「だから、ネタがなくなったと」
「ああ、語るような話がないからね、だから、君に連絡する頻度も落ちた」
「また、何か新しいこと見つけて、話してくださいよ」
「迷惑だったんじゃないの」
「面白かったですよ。刺激的で」
「最近は、何をやっても面白くないんだね。その気になれば誰にでもできる状況になっているから、難度が落ちたんだよ。だから、アタックする気にならん」
「じゃ、最近は何をやっているのですか」
「何もしておらん。わけじゃないが、普通のことをしておる。特に語るほどのことでもないよ」
昔より、何事もやりやすくなっているはずなのに、難度が落ちることで、やりがいがなくなるのかもしれない。
「やればできるが、やっても、どうってことはない。だから、やる気が失せたんだろうね」
「それで、正常じゃないですか」
「正常か」
「淡々と日常をおくる感じですよ。特に特別なことをしないで」
「ああ、その境地にやっと近づいてきたよ。君なんて、最初からそうだ。あまり妙なことはしないで、メインで頑張ってる。今思えば、邪魔ばかりしていたよ」
「邪魔じゃありませんよ。日々同じような暮らしじゃ飽きますからね、だから先輩がとんでもない話を持ち込んでくるのを半ば期待していたのですよ」
「そうか、期待されていたのか」
「だから、見に来たんですよ。どうしたのかなあって、思って」
「いや、もう、新たな展開はないよ」
「凝り性だから、きっとあるでしょ」
「地味なことをやってみたい。最近は、これだよ。だから、騒ぐようなことじゃないから、君を動員する必要もないんだ」
「地味ですか」
「今まで目にくれなかった事柄に目を向ける作戦なんだ」
「作戦ですか。その言い方、まだ、いつもの先輩らしいですよ」
「でも、盛り上がるような話じゃないからね」
「そのトーンダウン、悪くないですよ」
「そうだろ」了
2009年3月25日