小説 川崎サイト

 

朝顔理事長

川崎ゆきお



 狭い庭だが、手入れは行き届いている。
 室田が朝顔の種を植えているとき、客が来た。
 狭いながらも応接間がある。
 室田は出向かないが、まだ協会の役員だ。 客は理事長の懐刀だった。室戸とは行く道が違うため、親しい関係ではない。
「理事長になってください」
 単刀直入だった。
「長く出ていないのでね。世間にも業界にも疎くなってますよ」
「かまいません。すぐですから」
「すぐ?」
「理事長辞任後は、保証します」
「私は理事長の器ではありませんよ。ただの事務屋です」
「すぐに今の暮らしに戻れますよ。今よりももっと安定した暮らしに」
 懐刀は金額が書かれたメモを見せる。
「振り込みます」
「じゃ、私は……」
「マトです」
「それは」
「ストレスはおかけしません。すぐ終わります」
 室田が理事長になると、すぐに事件が発生した。
 すべて、室戸の責任となり、辞任した。
 そして、約束通り、高級住宅街の邸宅へ引っ越した。
 しばらくして、懐刀が現れた。
「落ち着かれましたか」
「逮捕されるかと思ったよ」
 協会は前の理事長が再任された。
 誰が見ても分かる身代わり人事だった。
 室田はもう年で、世間に出ることもなくなっている。そのため世間に顔向けできないことをやったことにされてしまっていても、あまり影響はなかった。
 朝顔の次は、瓜を植えたり、庭に池を作ることに専念している。
 役員の肩書きは消えたが、それまで生かしてくれた理由が、やっと、今回の事件で分かった。
 しかし、それもこれも、もうどうでもいいことのように思えた。

   了

 


2009年3月26日

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