小説 川崎サイト

 

自立支援

川崎ゆきお



 岩田は久しぶりに橋の下の小屋に戻ってきた。戸締まりをしっかりして出たので、中は荒らされていない。
 いつもの隙間に潜り込み、たばこを吸う。やはり、ここが一番落ち着くようだ。
 隣の岸本が、気配を感じたのか、出てくる。
「どうだった。ボランティアは?」
「ああ、疲れるよ」
 岩田はボランティアで外に出ていたのだ。
「三ヶ月か」
「そのあたりが限界だな」
 岩田が行っていたボランティアはホームレス自立支援団体が借りている大きな家だった。その中で、三ヶ月寝泊まりした。衣食住付きだ。
「食いっぱぐれないからいいじゃないか」
「三ヶ月が限界だよ。一ヶ月で追い出されたケースもある」
「僕も行きたいけどね。人間関係が苦手でね。そんなボランティアやってる連中、ふつうの奴より人間通が多いんだろ。人間関係で成立しているような場所だからな。苦手だね僕は。息苦しくなるよ」
 二人の小屋こそが息苦しいはずなのに、そうではないようだ。視線がいやなのだ。
「私は、そのてん大丈夫だから、務まるんだ」
「いいねえ、岩田さんは」
「でもね、三ヶ月が限界だよ。それ以上いられない。次のボランティア見つけるまで、しばし休養だよ。続けていくと、さすがに疲れますからね」
「で、どんなことするの?」
「なーに、話を聞いてやればいいんだよ。最初はね。それに最初は親切だ。よくしてくれるよ。ほら、この毛糸のセーターもいただけたし。毛玉なしだよ。しかも純毛だ」
 岩田は上着のファスナーをおろし、真っ赤なセーターを岸本に見せる。
「いいなあ。すぐに汚れそうだけど」
「髭も毎日剃るんだよ」
「どうして」
「就職する気があることを示すためだ」
「誰が剃るの」
「私だよ」
「岩田さんが剃ってあげるの」
「自分のを剃るんだ」
「でも、岩田さん、ボランティアで入ってるんでしょ。あ、そうか、ボランティアではなく、就職できるようにか」
「就職? そんなのできるわけなかろう」
「そうか、就職じゃなく、ボランティアが好きなんだな、岩田さんは」
「そういうこと」
「でも、三ヶ月以上続かないのは、よほど辛いんだね」
「ごまかせる限界だよ」
「何をごまかすの。そうか、岩田さん、ボランティアのやり方下手なんだ」
「うまいよ。だから、三ヶ月引っ張れるんだよ。もう少し延ばせるけどね。それをすると、人間関係がおかしくなる。潮時、引き時ってあるんだ」
「これからどうするの」
「また、商店街の歩道で寝るさ。すると、彼らが連れていってくれるから。別の家にね」
「彼らって?」
「ボランティアだよ」
「岩田さんもボランティアなんでしょ」
「だから、ボランティアのボランティアだ」
「はあ?」
「自立を求めているホームレスを演じるボランティアだよ」
「よく、わかんない」

   了


2009年3月29日

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