小説 川崎サイト

 

物の物語

川崎ゆきお



 物には物語があるようで、上田はものを捨てられない。捨てることで、物語を捨て去るように思うからだ。
 この勝手な思いは、気に入らない物は捨てることを意味している。
「思い出すからでしょうな」
 友人の高橋が正解をいきなり言う。
「そうなんだな。目障りだからな。思い出したくないい。だから、捨てるんだ。または隠すんだ」
 いずれにしても大した意味はない。それが殺人に使った凶器なら別だが。
「じゃ、物を見て、いつも思い出すわけかな?」
「それはない。物は物だよ」
 上田の部屋には旅先で買ったこけしが置かれている。これで、そのとき行った旅行での出来事を何となくイメージできる。記憶がこけしの中に詰まっているのではなく、こけしを見て思い出すだけだ。
 上田がこけしを見ているので、つられて高橋も見る。本箱の上にはこけし以外置いていない。
「あのこけしにも物語があるのかい」
「海沿いの観光地で買ったんだ」
「じゃ、一杯思い出が詰まっているわけだ」
「それもあるけど、このこけし、実用品なんだ」
 上田はぴんとこない。
「貯金箱かい?」
「そんな仕掛けはない」
 上田はこけしにまつわる話を思い出したのか、にやにやし出した」
 高橋は旅先でのことを上田が思い出し、にやけているのかと思った。誰と行ったのだろうかと、想像した。
「大きさが、ちょうど同じだろ」
 そっちの話かと、上田はやっと悟った。
「こけしの産地って、みんなそうなのかもしれないね」
 上田が実用品と言った意味がここでやっと分かった。
「なるほどねえ。物には物語があるんだ」
「そう、自分で体験していなくてもね」
「漆塗りのこけしは駄目だろうね」
「滑りがいいけどね。駄目だろうね」
「ニス、塗るのかなあ」
「ニスも駄目だよ。貝殻の粉で磨くんだ」
「物の持つ物語って自分の話でなくてもいいんだね」
「勝手な思い込みでもいいんだ。想像でもね」
 妄想の物語を含んだ物なら、捨ててもかまわない。だが、どうでもいいような物語のほうが物語を解凍する機会は多いようだ。

   了


2009年4月8日

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