都会のある村
川崎ゆきお
「ここはちょっと紹介したくないのですがね。いやね、個人的な好みの問題でね。ここは汚したくない」
不動産屋の親父が老人に語る。
老人なので、既に老後なのだが、その老後を田舎で過ごしたいと思い、駅前の不動産屋を訪ねたのだ。
「どういうことでしょう」
「あまりにもいいところで、この村で商売したくないのですよ。でも、まあ、稼業だから仕方ない」
「すごくもったいぶってますねえ」
「本当にいい場所は周旋したくないものですよ。いやね、私が行きたいほどだから」
「そんなにいいところなのですか」
「一般的田舎暮らしとは少し趣が違うのですよ。だから、ご主人の趣味に合わなければ、聞き流してください」
「どんな村なんですか」
「村なんだけどね、町と変わらないんですよ。だから、田舎と言えるかどうか、この一点は好みの一点でして」
「村なんでしょ」
「ほとんど都心部の人間が住んでる村でしてね。ちょっとした別荘地のような感じかな」
「山の中なんでしょ」
「山間の小さな村落ですよ。観光地というわけではないけど、滝がありましてね。いえいえ、有名な滝じゃないですよ。行者の滝です。こんなもの日本中いくらでもある。ただの滝はね。だけど、ここの滝は滝療養で、少しはしられているんです。温泉療法のようなものですがね。滝の水を桶で一度受け、そこからちょろちょろ落下する水を浴びるだけなんで、本格的なものじゃない。きついものじゃないです」
「別に療養は必要ないですが。田畑があって、それを耕しながら、暮らせれば」
「もちろんそれも可能ですがね。一番の特徴は、村人のほとんどが都会人なんです」
「それは何度も聞きました。私のような人たちなんですね」
「レストランに喫茶店、陶芸から、村歌舞伎まであります。みんな地元の人ではなく、こっちから来た人がやってるのですよ。ほとんど趣味の領域ですがね」
「素朴な田舎じゃないと」
「まあ、そういうことですがね。だからってギスギスしてないし、脂っこくもない。趣味人の集まりのような場所です」
「カタログはありませんか」
「ないです。これは紹介したくない物件ですからね。それに、村が用意しているような施設は、滝療養ぐらいですよ。あとは来た人が勝手に開いている店とかでね。もっともそれがこの村のメインですが」
「観光地の土産売り場が続いているような場所だと思えばいいのですか」
「映画館もできたようですよ。それに相撲もあるようです」
「遠慮します。もう少し落ち着いた素朴な村にします」
「それは残念ですね。いえいえ、自分の趣味を押しつけたようで、反省しております。じゃ、普通の田舎物件、紹介しますね」
二日後、結局この老人は、不動産屋が私的に進める村に決めた。
「そうでしょ、賑やかな方がいいに決まってますよ」
数ヶ月五、老人は、その村で古本屋を開いたようだ。自分の蔵書を並べただけだが。了
2009年4月12日