夢見ない酒場
川崎ゆきお
地下飲食街の場末に「夢見ない酒場」がある。赤い提灯に、そう書かれてある。無地の赤提灯に店主がマジックで書き入れたようだ。
地下街のため、場末は行き止まりになる。
駅前開発でできた駅ビルの地下二階だ。
地下一階は既にシャッター通りになっており、人通りはほとんどない。
さらにその下の階なので、「ほとんど」よりも強い静けさだ。
この強さは地底の深さと関係しているのかもしれない。下へ行けば行くほど安定する。
ただ、飲食店が安定した人のなさでは困るのだが。
地下二階はただでさえ人の気配がないのに、さらにその奥になると、人跡未踏の地に近い。
そんなところに「夢見ない酒場」がある。至極尤もな話かもしれない。店主も客も夢見る力を失っていると、見るべきだろう。
店内は、ふつうの居酒屋だ。
そして、思っている以上に客がいる。夕方から満席に近い。
一人客が圧倒的に多く、串刺し状態でカウンターに並んでいる。
テーブル席も、相席状態だ。一人で来るのを旨とするのだろう。
夢見ない客だろうから、夢を語り合える友を必要としないのだ。
店内にある音は、テレビの音が静かに漏れ聞こえる程度だ。
山内は友達から聞いて、やって来たのだが、噂通り、落ち着けた。
山内も見るべき夢がない。そして、周囲の客も、同じだと思うと、安心する。
この安堵感が落ち着きに繋がり、自分の居場所として、この上なく居心地がよい。
誰かが小さな声で、モロキュウを注文する。店主も小さな声で答える。居酒屋特有の威勢は双方ない。
夢があった時期の強度が半減、いや、それ以下に、皆なっているのだろう。
「皮肉だね」
隣の男が山内に声をかける。
「流行っていないことで流行ってる」
男はそれ以上話す気はないのか、横を向いた。了
2009年4月14日