小説 川崎サイト

 

精霊を見た

川崎ゆきお



「精霊が見えるというのですよ」
「錯覚でしょ」
 医者は母親をたしなめる。
「嘘ですか」
「お子さんだけが見えるのでしょ」
「はい、私や主人には見えません」
「どこで?」
「居間です」
 マンションの広い居間のようだ。
 この家族の子供は一人で、まだ中学生の女子だ。
「マーちゃんが嘘をついているのでしょうか。嘘をつくような子じゃないです。母親ならわかります」
「どんな精霊です?」
「トンボのような」
「小さいですね。エンジェルのような感じですか」
「小さな女の子で、トンボのような羽根をつけて、飛んでいるとか」
「お母さん、それ信じますか」
「信じません」
「それで、当然です」
「じゃ、娘は何でしょう。特別な何かが見える特異な体質でしょうか」
「精霊がいるとお思いですか?」
「童話とかで」
「リアルでは?」
「いないと思います」
「それで、ふつうです」
「じゃ、やはり娘は嘘をついているのでしょうか。それとも、そんなものが見える病気でしょうか」
「病気だと思い、ここへこられたのでしょ。ここは精神科ですからね」
「精霊と、精神が近いので、ここが適当かと思い……」
「ぜんぜん、違いますが、まあ、いいでしょ」
「治りますか。いや、治してもらえる事柄でしょうか」
「事柄……ねえ。昔から、どうです。娘さん。小さい頃から、そういう感じは?」
「ありません」
「娘さんはそれをエンジェルだと言ってますか?」
「いいえ、精霊だと」
「トンボじゃないですか」
「トンボなら、私にも見えます」
「精霊がでたとき、一緒に見たのですか」
「はい、見ようとしましたが、見えません。エアコンの上にいると」
「それで」
「数分で、消えたとか」
「被害は?」
「何もありません。でも、娘が見えることが被害です。だって、おかしな娘になるじゃないですか」
「精霊が現れる頻度は?」
「先月から、始まりまして、週に一度ぐらい、現れるようです」
「じゃ、また来月来てください」
 翌月、母親が来た。
 もう、見えなくなったと娘が言っていたと報告した。
 それが何であったのかの説明はない。

   了

 


2009年4月15日

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