小説 川崎サイト

 

妖怪先生

川崎ゆきお



 妖怪先生はあり得ないものを、さもあるように語るのが嫌になってきていた。
 しかし、家業なので語らないと食っていけない。
 そこで、その悩みを友人に伝えた。
「ないものを語るのも、また道でしょう」
 友人は気楽な回答を妖怪先生に返した。
「想像上、あるのなら、それはあるのでしょう。現実にはなくてもね。それを語ってはいけないと言う法律はない。でないと、想像行為ができないでしょ」
 友人は雄弁に続けた。
「しかし、明らかに存在せんものを、存在するかのように語るのは疲れるじゃよ」
「では、先生は妖怪は存在しないことを前提に話しているのかな」
「最初のうちはそうじゃなかった。若い頃はな」
「いつ頃ですか」
「小学生の頃じゃ。低学年のな」
「ああ、そのころなら、信じていたかもしれませんねえ。私も、怪獣や宇宙人はいると思っていましたから。サンタクロースもね」
「しかし、この年になると、さすがに嘘を言うのは気が引ける」
「でも、存在するかもしれませんよ」
「何が?」
「何がって、妖怪に決まってるでしょ」
「おお、そうじゃな」
「では、最近はどんな感じなのですか」
「古典的妖怪を調べておる。伝承とかをな。しかし、その伝承も、胡散臭い。冗談のようなものでな。真実味が感じられんので、わし以上に悪質じゃ。良心のかけらもない」
「ことは妖怪でしょ。良心と反対側の悪しき心の産物じゃないですか」
「君の方が、妖怪研究には向いておるのう」
「いえいえ、先生ほど専門的にやっていこうという根気はありませんよ」
「わしは、根気だけか」
「その道を極めることが大事です。だから、ずっと同じことを、ずっとやっている人は偉いと思いますよ」
「じゃ、特に妖怪研究に限ってのことじゃないと」
「ああ、少し一般論すぎましたか」
「それで、わしの根本的な悩みなのだが、どうすればいい」
「あり得ないことを想像するのは、確かに精神力が必要ですねえ。それが枯れてきたのでしょうね」
「だから、どうすればいい」
「まあ、嘘を重ねればいいのじゃないですか」
「それが苦痛だと言ってるんだ」
「では、先生は本当に妖怪はいないと思うのですか」
「思う」
「いるかもしれませんよ」
「しかし、一度も遭遇したことはない。一匹ぐらい引っかかると思っておったが、それもない。だから、いないのじゃよ」
「目に見えず、感覚でもとらえられない次元の存在だとすれば、いないとしか言いようがないかもしれません。ここが踏ん張りどころですよ。先生」
「踏ん張る」
「そうです。五感でも第六感でもとらえられない。だから、それを目に見える形にするのが、妖怪先生の役目なんです」
「やはり、君の方が先生じゃ」
 妖怪先生は少しだけ、元気が出たようだ。

  了

 


2009年4月22日

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